働き方紹介City
福岡県

迷いなく、気持ちよく打ち込める仕事。暮らしが変わってインプットの総量も増えた。

【福岡県】株式会社ヤマップ
﨑村昂立さん
1988年、福岡県生まれ。一橋大学商学部卒業後、大手システム会社にてPR・プロモーションを経験。妻の第一子妊娠を機に、福岡へのUターンを決める。BtoC(※)で福岡に本社機能をもつ会社を探すうちに、株式会社ヤマップに出会い、「登山アプリ」というユニークな事業に惹かれて入社。PR・企画・ライティング・映像制作など、幅広いコンテンツの制作やディレクションを務める。
※Business to Consumerの略で、一般消費者向けに製品やサービスを提供する取引を指す

サマリー

大手システム会社で働く中、結婚・出産。改めてこれからの暮らしを考えたとき、自然と福岡へUターンする選択肢が浮かび上がってきたという﨑村さん。もともと興味のあったBtoC事業への転職活動を進め、福岡に本社を持つ株式会社ヤマップに入社しました。心から誇れるサービスをPRする仕事は、とても気持ちがよくて刺激的。現在の働き方や福岡での暮らし、家族との過ごし方などを伺いました。

現在の仕事内容

株式会社ヤマップは、登山アプリ「YAMAP」を提供する会社です。初めて説明を聞いた時、「登山アプリ? なんだそれは!」と興味がわき、入社してもうすぐ4年。コンテンツディレクターとして、さまざまなPRコンテンツの企画・制作を務めているのが、﨑村さんです。仕事の幅が広すぎて「自分でも何をしているかよく分からない。でも、音楽に漫画にYouTube、いろんなものを作れるのが楽しいですね」と笑います。

例えば、今年はコロナ禍で登山もしづらくなり、もともと考えていた『山に行こうぜ』というPRキャンペーンが進められない空気に……。そこで、メッセージの方向性を『それでもやっぱり山が好き』にシフトして、Webページや動画をリリースしました。「コロナで落ち込みかねない登山業界を盛り上げたくて作ったコンテンツです。Xiangyuさんという注目のアーティストとコラボして、オリジナルソングを制作しちゃいました。登山アプリは非常にニッチな領域で、アプリの競合があまりいない分、やることなすことすべてが未知の領域。もちろん苦労はありますが、自分主導でいろんなチャレンジができるのは、すごく面白いです」。

 

福岡で働いていて助かるのは、オフィスと山が近いこと。「30分あれば山に行けるので、ちょっと撮影したいときにも午前中にサクッと出かけて、昼からまたデスクワークに戻れるんです。まぁ、この仕事ならではのメリットなんですが(笑)。でも、コロナ禍の影響で、本当に対面しないとできないこと以外は、みんなリモートで済むようになりましたよね。福岡の地理的なデメリットは、これでまた少なくなったように感じています」。

地方都市での暮らし~移住前後で変わったこと・変わらないこと~

もともと福岡県に生まれ育ち、大学進学で上京したという﨑村さん。卒業後も地元に帰ることはなく、そのまま東京で大手システム会社に就職しました。5年ほどバリバリ働き、福岡時代から交際をしていた女性と結婚をしたころ、人生の転機を迎えます。「うれしいことに、子どもを授かったんです。でも、このまま東京でしゃかりきに共働きを続けていたら、家族の時間を確保するのはなかなか難しそう……。だったらいっそ福岡に戻るのがいいかもしれないと、自然に考えるようになりました。同じころに母親が亡くなって、家族の在り方や幸せについて見つめ直したことも関係があると思います」。

福岡に戻ると、まず通勤が変わりました。家からオフィスまでは自転車で15分。実は奥様もヤマップ社員のため、並んで自転車通勤を楽しむ日もあります。東京都内ではなかなか実現しにくいライフスタイルです。「それから、家に帰る時間が圧倒的に早くなりました。東京では日付が変わるころに帰っていたけれど、今では大体18時か19時。家族の時間が増えたのはもちろん、なぜか仕事の質も上がったんですよね。昔の自分はちゃんと働いていたのかなと思うくらい(笑)、今は短時間でちゃんとエンジンがかかるのか、アウトプットの総量も増えている気がします」。

仕事で登山するようになったのをきっかけに、家族でも、キャンプなどのアウトドアを楽しむことが多くなりました。「いわゆるインスタ映えするようなキャンプではないけれど、しょっちゅう自然の中で過ごすようになりましたね。いつのまにか道具も増えて、すっかり沼に落ちています(笑)。特別なことはできなくても、原っぱを走り回る子どもを見ているだけでも楽しめる。すぐに自然と触れ合えるのは、やっぱり子育てにとっていい環境だなと思います」。

福岡で楽しめるのは、山だけではありません。海も近いし、なんなら街もある。「街は地方にありがちな“リトルトーキョー”という雰囲気ではなく、福岡ならではの空気があるんですよね。個人がやっている個性的な路面店を含め、アパレルやカフェなどの新しいお店もどんどん増えていて、活気がある。面白い音楽やアートにも出会えるし、よほどニッチなカルチャーでなければ、趣味を楽しむにも問題ないはず。暮らしていて不便を感じる場面は、正直ほとんどありません」。

仕事の価値観の変化

東京で﨑村さんが従事していたのは、BtoBのシステムコンサルティングでした。学ぶことは多かったけれど、働くうちにBtoCへの関心が高まっていったと、当時を振り返ります。

「人に直接何かを届ける仕事の方が自分には合っているんじゃないか、と思うようになっていたんです。かつ、PRや広報のポジションにいたので、転職先でその経験を生かしたい。なので、Uターンを決めてからは『BtoCで、福岡に本社機能を持つ会社』を探しました。でも、選択肢があんまりなくて……(笑)。その中で一番面白いと思ったのが、株式会社ヤマップだったんです」。

今は60人近いヤマップの社員が、ようやく2ケタに届きはじめたころのこと。﨑村さんはそこで、第二のキャリアを歩み出す決意を固めました。

前職ではBtoBビジネスの特性もあり、目の前にいるクライアント担当者に対して「100%貢献できている」と信じきれないときもあったのだそう。でも、Uターンしてからはそんなふうにモヤモヤすることもなくなりました。「YAMAPは、登山する人にとっては絶対にダウンロードしておいた方がいいアプリなんです。YAMAPによって、ユーザーの命が救われる場面だって今まで何回も起きています。そんなふうに、世の中に間違いなく貢献できているサービスを届けられること。そのために何も迷いなく前に進めることは、働く上ですごく気持ちがいいですね」と、﨑村さん。

働く選択肢の豊かさで比べてしまえば、やはり東京には勝てないでしょう。でも、地方にも面白い仕事はあるし、たくさん稼ぐばかりが働く醍醐味ではありません。「福岡に来て収入は下がったけれど、それはそれだけのことです。能力の高低や仕事の難易度が、そのまま収入の多寡に結びつくわけではないんですよね。僕は今の仕事が楽しいし、ライフスタイルもぐっとよくなりました。これはお金では買えないと胸を張って言えます。そして、福岡自体もたくさんのベンチャーが増えてきていて面白い土壌です。クリエイターや起業家同士のつながりも活発だし、アジアとの近さも武器に、これからもっと盛り上がっていく予感がしています」。

東京圏・大阪圏を離れたいと考えている人へアドバイス

UIJターンを検討するときには、まず「移住先と東京を比べない方がいいと思うんです」と、﨑村さん。「どこかと比べるのではなく、その土地そのものの良さにしっかり目を向けるようにした方が健全だと思います。きっと、一度も訪れたことがない場所にいきなり移住はしないですよね。だったら気になる土地をじっくり歩いたり、何日か試しに暮らしてみたりする中で、そこを好きだなと思う気持ちを大事にすればいいんじゃないでしょうか。地方の都市圏だったら、生活や文化はそんなに東京と変わらないはず。都会を知っている人であればあるほど『ローカルこそ最先端』だと思いますよ」。他のエリアに東京を求めるのではなく、そのローカルをありのままに受け入れる。そんな価値観で生きる方が、これからの時代を楽しめる気がしますと、﨑村さんは微笑みました。

その他の働き方

鹿児島県
CITY
自分流の働き方改革を地方で成し遂げ、仕事も生活もまるっと充実。
転職以前の神奈川での暮らしにおいては、仕事と家庭のどちらを優先するかで思い悩んできたという梅津さん。子育ても含めた家庭生活を優先すると決めて鹿児島に移住して以来、全てがうまくいくようになったと言います。プライベートが充実したからこそ、仕事に対するモチベーションも上がり、オンとオフのどちらもが、かつてないレベルで輝き始めました。家族4人で移住した梅津さんの〝輝きの道程〟に迫ります。 ※取材はzoomで行い、カメラマン、梅津さんは撮影前に抗原検査を実施した上でマスクを外しています
沖縄県
CITY
やりたかった新アプリの企画に挑戦!充実した仕事と、自分らしい暮らしがある場所。
新卒で選んだのは、クラウドの人事支援システムを開発・販売している株式会社サイダス。新しい物を自ら生み出して、世の中に影響を与えたいと思う宮崎さんにとって、これ以上ない仕事でした。入社2年目から、念願のアプリケーション開発に携わるため、沖縄に赴任。充実した仕事とゆったりした生活を手に入れて、とても心地よく暮らしていると言います。現在の働き方や沖縄での生活について話を伺いました。
鳥取県
CITY
鳥取県 理想の英語教育を追求するために、理想の環境を求めてたどり着いた職場。
大学卒業後は、夢だったエンタメ業界へ。大手芸能プロダクションに就職し、主にマネージャー業に勤しんでいた三浦さん。当時担当していた10代、中高生たちの成長を見守る中、これまでにはなかった教育関係の仕事への興味が高まります。「教育を通して、子供たちの成長や、新しい世界に挑戦するための手助けをしたい」。 自身の英語スキルをより活かせる仕事として、英語科教員への転職を決意。教員免許取得のための2年間を経て、今年、鳥取県の青翔開智中学校・高等学校の英語科教員となった三浦さんに、現在の働き方や鳥取市での暮らしぶりについてお話を伺いました。
北海道
CITY
「魅力ある土地だから」という理由だけじゃない。魅力的な仕事があるから決意した地方就職。
「成し遂げる」という経験を得るために、大学を一時休学。徒歩での日本縦断を89日かけて達成した江戸谷さん。この経験が後の就職活動に大きな影響を与えます。北海道の雄大な自然、出会った人々の魅力が忘れられなかったこと、東京で社会人生活を送る自分のキャリアイメージが湧かなかったことを踏まえ、北海道で就職活動を開始。心掛けていたのは、「逃げ」の地方就職にしないこと、自分にプラスとなるような仕事を見つけること。そうして出会ったのがジーエムラボ株式会社でした。現在CAEエンジニアとして働く江戸谷さんに、職場環境や北海道での暮らし、地方就職した理由について話を伺いました。