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愛媛県

好きなことを仕事に。裁量を持って自由な働き方を実現できる職場へ。

【愛媛県】株式会社JAPANDEMIC COMPANY
村上慎さん
1993年愛媛県大洲市生まれ。京都の大学に進学し、新卒で大手アパレルメーカーに就職。首都圏の配属先で社会人生活をスタートした。2021年に愛媛県松山市でビール醸造所とアパレルショップ「DD4D(ディーディーフォーディー)」を運営する株式会社JAPANDEMIC COMPANYに転職。現在はアパレルショップの運営をはじめ、営業、広報、マーケティング、貿易実務など幅広い業務に携わる。

サマリー

京都の大学を卒業後、新卒で大手アパレルメーカーに就職した村上さん。順調に昇進し、店長として活躍していました。転機となったのは、大切な人との別れ。自分自身の生き方、働き方を考えた結果、村上さんが選んだのは松山市でクラフトビールの醸造所を営むDD4Dで働くことでした。前職のスキルを存分に生かし、自由な働き方を実現する村上さんに、転職を決めた理由や、現在のお仕事内容、そして松山での生活についてお聞きしました。

地方就職を選んだ理由

京都の大学を卒業して大手アパレルメーカーに就職した村上さん。仕事に打ち込み、同期入社の仲間の中でも上位の成績で、出世街道を邁進していました。
「ありがたいことに、新規の店舗や大型の店舗を、店長としてどんどん任せてもらっていました。140人ほどいた同期の中でも、昇進のスピードは1位か2位くらいだったと思います」。

順調そのものだった社会人生活。そんな中、村上さんの人生観を変える出来事が起こります。 
「身近な大切な人が立て続けに亡くなってしまって。とてもショックで、妻と深い悲しみに暮れる中でいろいろなことを考えました。自分は何のために生きているのか。何のために仕事をしているのか」。

働く気が起きず、仕事を休んでいた村上さん。
「このままじゃいけないと思い、車で旅に出ました。その道中で、岡山に住む親友と合流してキャンプをしたのですが、その時に『これだ』という感覚があって。焚き火を囲んでクラフトビールを飲んで語り合っていた時に、これこそが自分にとっての幸せな時間であることに気付きました。同時に、こんな素敵な時間を作れるクラフトビールのポテンシャルやビジネス的な可能性も感じたんです。『クラフトビールに携わる仕事がしたい』、そんな気持ちが湧き出てくるのを感じました」。

自分自身の働き方についても、考え直す機会になったと語る村上さん。
「アパレルの仕事も、もちろん楽しくやっていました。それでも、大きな会社の歯車としてではなく、規模の小さい会社で自分が必要とされる状態で、自分の好きなことを仕事として取り組みたいと考えるようになりました」と当時を振り返ります。

現在働いているDD4Dとの出会いは、村上さんのお兄さんがお店の常連だったことがきっかけでした。
「兄が、クラフトビールの醸造と提供をしているDD4Dのお店の常連で、一緒に飲みに行ったことがあったんです。転職先を探していた時に、DD4Dで求人を出していると兄から教えてもらったので、面談をお願いしました。当時DD4Dは創業3年目で、社員も3人くらいでした。社長と面談をして、一緒にやりましょうということになり、無事入社が決まりました」。

「クラフトビールの仕事ができれば、どこでもいいと思っていた」と話す村上さん。偶然にも地元の県に移住することになりました。
「実家もあるので、移住先が愛媛ならそれに越したことはないです。行きたい会社が愛媛にあるなんて、それは運命だと思いました」と語ります。

現在の仕事内容

仕事の内容は、「ビールの生産に直接関わるところ以外は全部です」と笑う村上さん。営業とマーケティングのマネージャーとして、幅広く業務に携わっています。
「2つある店舗の管理をしていて、シフトや売上、商品なども全て自分で決めています。店舗業務以外では、県内外の企業や団体とのコラボ企画をしたり、OEMの企画と管理、SNSや取材対応、税務や輸出の管理も行ったり、本当に幅広くなんでもやっています」。

転職当初から多くの役割を任され、今まで経験したことの無い業務も多かったそうですが、意外にも働く上でのストレスはなかったと言います。
「裁量を与えられて働いていますし、自分で仕事を組み立ててやっているので、ストレスを感じることがあまり無いですね」とのこと。

「前職でも店長だったので、裁量も自由もある程度ありました。一方で決められた時間の中で決められた成果を出してください、という仕組みの中にいました。でも今は、それこそ働く時間も自由ですし、何でも自由に決めることができます。もちろん、売上目標に向かっていくことは共通していますが、そこへのアプローチに対する自由度が違います」。

大きな裁量を持って自由に働ける背景には、前職で身に付けた「仕事のスタイル」が影響していると村上さんは考えています。
「前職にはとても感謝しています。いわゆる社会人としての基礎力といわれるものは、全て前職で学びました。今こうして周りから信頼されて自由にやらせてもらっているのも、そのおかげだと思います」。

前職で学んだ印象的なこととしては、「マインドセット」と「仕事のサイクル」の2つが挙がりました。
「学べて良かったことの一つは、仕事は自分本位でやるものではなく、お客様や仕事相手を満足させるものだ、という考え方。もう一つは、商売のPlan-Do-See(※)を高速で回すということです。これまで当たり前にやっていたことが、外に出たら当たり前ではなかったと分かりましたし、それが自分自身の価値に繋がっていると実感しました。そしてそれは、あらゆる仕事に活かせることだとも感じます」。

※Plan-Do-See:計画・実行・評価のサイクルのこと

地方都市での暮らし

首都圏で働いていた時よりも時間のコントロールができ、時間的に余裕のある生活を送っている村上さん。休日にはキャンプに行くことが増えたそうです。
「愛媛って、海・山・川と町が近いんです。車で30分圏内に何でもあるコンパクトで便利な場所。週末は気軽にキャンプに出かけてリラックスすることができ、妻と一緒にいる時間も増えて、移住して良かったなと心から思います」。

奥さんは今、カフェの開業準備をしているのだそう。村上さんも、仕事の合間に手伝いをしています。
「時間の使い方の自由度が高いので、隙間時間にカフェの開業準備もできます。日中に保健所に申請に行ったり、物件探しや商品の開発をしたり。仕事とプライベートを融合していく感じがあって、自分としてはすごくいいなと思います」。

クラフトビールの会社で働きながら、カフェの開業にも取り組む村上さんが移住して気付いたのは、都心に対する地方の優位性です。
「カフェの開業準備をしていて思うのは、地方でのチャレンジのハードルの低さです。固定費をあまりかけずに小さく始められることが多いので、都心と違って挑戦しやすいと実感しています。その一方で、発信のためのツールはどんどん進化し、場所に関係なく世界中に発信していけるようになっています。なので、クラフトビールもそうですが、地方で作って世界に発信、という『いいとこ取り』ができる点で、地方には大きな可能性を感じますね」。

東京圏・大阪圏を離れたいと考えている人へアドバイス

学生時代は世界中を旅していたという村上さん。そのためか「移住にあまりハードルを感じることは無かった」のだそう。

「地方就職って、想像するより難しくないものだと思います」と村上さんは言います。
「地方にも仕事はありますし、友達もできます。住めば都というのはまさにその通りだと思います」。

最後に、村上さんならではの心構えを語ってくれました。
「地方に移住して、新しい会社や地域に受け入れられなかったらどうしようと不安になる気持ちはあるかもしれません。でもどんな状況においても、相手のために自分が何かをして、その結果嫌われることってまず無いのではないでしょうか。相手のために行動することを意識することで、仕事も、人間関係もきっとうまくやれると思います」。

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