働き方紹介City
福島県

「やっぱり地元が好き」人を大事にする地元企業で、仕事と暮らしを充実させる。

【福島県】福島建機株式会社
白石明日香さん
2000年福島県生まれ。高校卒業まで地元である福島県郡山市で過ごす。高校生の時のオーストラリア研修をきっかけに、キャビンアテンダントを目指し、神田外語学院国際エアライン科に進学。東京での学生生活の中で福島へのUターン就職を決意し、卒業後は地元福島県の福島建機株式会社に入社。現在は本社の経営企画チームで、主にSNSなどを活用した広報を担当する。

サマリー

キャビンアテンダントを目指して、地元福島から上京し、専門学校に通いはじめた白石さん。しかし、東京での暮らしを通じて地元の良さやありがたみを再認識し、地元福島で就職活動を行うことを決めて、福島建機株式会社へUターン就職をしました。地元での生活を充実させる白石さんに、地方就職した理由、そして現在のお仕事内容や生活について伺いました。

地方を選んだ理由

高校卒業後、キャビンアテンダントになるための専門学校に進学した白石さん。そのきっかけは高校生の時にありました。
「高校では英語科に通っていたのですが、カリキュラムにオーストラリア研修があったんです。私にとっては生まれて初めての海外で、その時に見たキャビンアテンダントや空港のグランドスタッフが格好良くて、将来自分もこんな仕事がしたいと思うようになりました」
東京にある専門学校の国際エアライン科を目指し、見事合格。白石さんは、憧れの東京で生活を始めました。
「都会そのものへの憧れもありましたし、なりたいと思っていたキャビンアテンダントにこれから自分もなるんだって考えると、新しい生活にドキドキワクワクしていました」

ところが、入学から半年ほど経ったころ、白石さんはキャビンアテンダントの仕事について、自分には不向きなのではないか、と考えはじめます。その理由は、意外にもアルバイトにあったと言います。
「高校生の時はアルバイトが禁止されていたので、上京して初めてアルバイトをしました。将来にもつながるようにと接客の仕事を選び、カフェでアルバイトをしたのですが、接客をする中で、その延長にあるキャビンアテンダントの仕事を想像すると、こんな毎日を過ごしたいのだろうか、と疑問に思い始めました。頭の先から足のつま先までぴしっと気を張り、お客さまに向き合って長時間働きつづけるイメージが湧かず、自分が目指すべき仕事はもっと別のところにあるのかもしれない、と感じるようになりました」

白石さんが1年生の冬は、新型コロナウイルス感染症が流行し始めた頃でした。対面授業がなくなり、白石さんは福島にある実家に戻ってリモートで授業を受けるようになりました。通っている専門学校は2年制なので、次年度には就職活動を始める必要があり、決断を迫られていました。
最終的に、白石さんは地元福島で就職活動を行うことに決めました。
「東京で暮らすようになって、地元のことが好きだったことに気付けたんです。コロナで地元に戻ってきたことで、家族のありがたみもより強く感じましたし、次第に福島で働けたらいいなと思うようになっていきました」

目指すキャリアの方向を変え、地元福島で就職活動を始めた白石さん。企業を選ぶ軸を「人を大事にする企業」に決めて活動していたそうです。「専門学校の授業で印象に残っていたことがあります。それは【人を大切にする会社ほど、お客さまに素晴らしい価値を提供できる】という内容の、航空会社の動画です。企業を動かすのは人で、その人を動かすのも人なので、人のつながりを大切にしている企業で働こう、と決めました」

その結果、白石さんは福島建機株式会社への入社を決めました。「コロナ禍での就職活動だったことや、専門学校出身ながらその専門分野と直接関係ない道に進むことに、かなり不安もありました。ですが、就職活動中に福島建機の社員の方と何度もお話をしたり、自分自身のことをお話しする機会を設けていただいたりすることで、とても安心しましたし、会社として人を大切にしていることを、強く感じられました」と語ります。

現在のお仕事内容

白石さんが入社して半年が経ちました。経営企画チームに配属され、バックオフィスのさまざまな業務に携わっています。
「経理のサポート業務などもやりつつ、メインの仕事はSNSなどの各種媒体を活用した会社の発信です。ちょうど私が入社した頃から、発信を強化していく方針になったようで、私ともう一人の同期で担当することになりました。もちろん発信内容の確認などはしてもらいますが、比較的自由にやらせてもらっています」
すでに成果も出たようで、「採用関連のイベントに参加していた学生の方で、福島建機のインスタを見て会社に興味を持ち、ブースに来てくれた方がいたんです」とのこと。

とはいえ、「まだまだ分からないことだらけ」と語る白石さん。「これからさらに知識を身に付けながら、社内の営業の方やサービス部門の方など、いろいろな部署を巻き込んでSNSを活用した発信をしていきたいです。こちらから声掛けするだけではなく、『今度こんなイベントがあるんだけど発信しない?』などと言ってもらえるように頑張りたいです」と気合が入っていました。

地方都市での暮らし

東京での生活を経て、自分の過ごしやすい環境に気付いたという白石さん。「東京には行ってみたいお店などはたくさんあります。けれども、どこに行っても人は多いですし、人気のお店は予約をするのも難しかったり、並ばないといけなかったりします。楽しみにたどり着くまでに疲れてしまったり、頑張って手に入れた楽しみも結局は一瞬で終わってしまうな、と感じるようになったりして、私にとってはもっとゆっくりした生活の方が向いていると気づいたんです」

休日の過ごし方も変わりました。「上京した後に地元に戻ってから免許を取りました。運転するのは好きですね。休日は友達とふらっと那須の方まで出掛けたり、ドライブすることが多いです。車があれば自由に自分のペースで動けるので、格段に落ち着いて生活できているな、という気がしています。それからピアノや音楽が好きで、東京にいた頃は全く弾けていなかったのですが、今はピアノをのびのび弾けるようになりましたね」と笑います。

東京圏・大阪圏を離れたいと考えている人へアドバイス

「私は地元に帰ってきて笑顔が増えたような気がします。それは、東京に行ったことによって、地元の人たちとの関わりを強く感じられるようになったことが関係していると思います。例えば近所を散歩していると、すれ違った人たちが挨拶をしてくれて心がほっこりしたり、お店に行った時に店員さんと会話をすることが多かったりします。実は上京する以前は、私はそのようなコミュニケーションが得意じゃないと思っていました。けれども、東京から帰ってきた後は『ありがたいな』と感じるようになって、そういうコミュニケーションが地元のいいところであり、好きなところだなと思うようになりました。都会にちょっと疲れたな、と感じる人は、遊びに行く感覚でもいいと思うので、働く場所を変えてみて、地方の空気を吸ってみるのもいいのではないかと思います」

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