働き方紹介City
鹿児島県

自分流の働き方改革を地方で成し遂げ、仕事も生活もまるっと充実。

【鹿児島県】ニコニコタウンきいれ
梅津豊さん
1985年青森県生まれ、神奈川県育ち。帝京平成大学健康メディカル学部理学療法学科を卒業後、神奈川の有料老人ホームにて介護職員として勤務。2019年3月、鹿児島のニコニコタウンきいれに転職し、通所介護のデイサービスリハビリセンターで生活相談員に。

サマリー

転職以前の神奈川での暮らしにおいては、仕事と家庭のどちらを優先するかで思い悩んできたという梅津さん。子育ても含めた家庭生活を優先すると決めて鹿児島に移住して以来、全てがうまくいくようになったと言います。プライベートが充実したからこそ、仕事に対するモチベーションも上がり、オンとオフのどちらもが、かつてないレベルで輝き始めました。家族4人で移住した梅津さんの〝輝きの道程〟に迫ります。
※取材はzoomで行い、カメラマン、梅津さんは撮影前に抗原検査を実施した上でマスクを外しています

地方を選んだ理由

梅津さんがIターン転職したニコニコタウンきいれは、鹿児島市喜入で地域の社会福祉を担っているグループです。自身の地元である神奈川の有料老人ホームで働いていた梅津さんは、現在、デイサービスリハビリセンターに勤務しています。まずは、どうして鹿児島への移住を決めたのかについて聞いてみました。

「神奈川で勤務していた有料老人ホームでは夜勤がありました。妻と子どもふたり(取材時で2歳と4歳)を抱える身として、生活のリズムを作りづらいのが悩みで……。仕事自体はとても充実していたのですが、思うように家事分担の役割を担えていなかったりして、家庭生活との折り合いが難しかったんです。そんな中、自分の働き方について考えているうちに選択肢として挙がってきたのが、妻の故郷でもある鹿児島への移住でした」

自身で考え抜き、奥さまとの話し合いも重ねて、ようやく出した結論。それは、奥さまの実家で暮らすことでした。現在は、奥さまのご両親が子どもの面倒をみてくれることもあって、生活に余裕が生まれ、親子4人の間にも笑顔が増えたといいます。

「夜勤がなくなり、日曜日が必ず休みになったので、今は生活のリズムが完全に安定しています。転職する際には、面談の場でしっかりと自分の要望を伝えました。私たち家族の思いを理解していただいたこと、おかげさまで理想の生活をかなえられたことに感謝しています」 

家族の笑顔を見ながら、自分も笑顔でいられる。そんな日々を手に入れられた第一の要因は、移住とともに梅津さん自身の働き方改革が成功したからでした。

現在の仕事内容

梅津さんの職場は、鹿児島市喜入にあります。喜入は、鹿児島市の最南部に位置する地域。雄大な桜島が浮かぶ錦江湾に面し、16kmもの長さの海岸線が広がっていて、ウミガメが上陸する浜やマングローブが自生する浜も有しています。アオノリなどの海の幸、スイートコーンやマンゴーといった農作物にも恵まれ、自然が豊かなエリアです。

「自分が育った神奈川には湘南エリアがありますが、錦江湾に面していて美しい自然の景色が広がる喜入だって負けていません(笑)。このような環境の中で働けていることを幸せに感じています」

自身のワークライフバランスを考えて夜勤のない職場を求めた梅津さんですが、働く時間帯の他にも以前と比べて変化したことはあるのでしょうか。

「かつて働いていた有料老人ホームでは入居者と向き合っている時間が多く、外部との関わりは限られたものでした。現在のデイサービスは自宅で暮らしている方々が通う施設なので、地域との関わりが増えたように思います。今の自分の肩書きは、生活相談員と管理者です。デイサービスを利用していただく方々のご家族をはじめ、直接の施設利用者以外の方と連絡を取り合うことが多くなりました。自治体、地域包括支援センター、ケアマネージャーなどとも連携しながら、ご利用者の生活を支えるのが仕事です」

日々の業務で関わる人の範囲が広がったのは、梅津さんにとって仕事のやりがい向上にもつながっているといいます。そこで問われたのが、コミュニケーションのとり方です。

「神奈川から移住してきた自分が、いきなり地域の方々と密にコミュニケーションをとる仕事に就くことになりました。『地域との交流や連携が深まると今後のキャリアの幅も広がっていくから』とのアドバイスも頂いて始めたわけですが、結果として大正解だったと感じています。『神奈川から引っ越してきたばかりなので、鹿児島の方言が分からないです』と正直に伝えたら、皆さんが地元の言葉を優しく教えてくれました。そのことによってむしろ会話が増え、いろいろと声をかけていただくことも多くなり、スムーズに仕事が進むようになりました」

大学の健康メディカル学部で専門領域を学び、有料老人ホームで実務経験を積んできた梅津さんにとって、現在の職場は自分の能力や経験が引き続き生かせる場所です。Iターン転職によって生活のリズムが安定し、家庭生活が充実したことで、仕事に対するモチベーションもアップしました。とても良好なサイクルが生まれたのです。さらに、分からない言葉を教えてもらうという移住者ならではのコミュニケーションを駆使して楽しく仕事をすることで、オンタイムがいっそう輝き始めました。

地方都市での暮らし

梅津さんの住まいは、職場のある鹿児島市の南部に隣接する南九州市にあり、休日も思いっきり楽しんでいると言います。

「妻の実家がある地域では、地元の人々の集まりが盛んです。河川敷の草刈りなどに参加して地域と関わっているうちに、バレーボールに誘われて大会に出させてもらったりするなど、プライベートでの交流も充実していきました。自分は中学では県代表に選ばれ、高校でも春高バレーに出場したチームで頑張ってきたので、バレーは今でも大好きなんです!」

地域の活動には積極的に参加して、自分の好きなことや得意なことを生かしていく。こうしたマインドセットによって、梅津さんは新しい地元に溶け込み、仕事以外の時間も楽しめるようになっていきました。もちろん、家族と過ごす時間も充実しています。

「海には車で気軽に出かけられますし、子どもと一緒にノビノビと遊べる場所には困りません。南九州市は、なだらかな稜線の美しさから薩摩富士と呼ばれる開聞岳があって温泉地として知られる指宿市とも隣り合っています。今年の元旦には、開聞岳に登って初日の出を拝みましたよ」

現在、梅津さんの職場からは海と桜島が臨めて、自宅からは開聞岳が見えるとのこと。開聞岳は日本百名山の一つにも数えられ、なだらかな稜線を往復するコースは、家族連れにも人気です。海と山の大自然に親しみ、地元の豊かな食文化にも恵まれ、梅津さんのお子さんたちは新天地の鹿児島でスクスクと成長しています。

東京圏・大阪圏を離れたいと考えている人へのアドバイス

東京圏・大阪圏で暮らしながら地方への転職を思案している人たちに共通する不安を、当時の梅津さんも抱えていました。

「地方に対する勝手な想像で申し訳ないのですが、『よそ者扱いされるのではないか』などと考えることもあり、正直な話をすると、移住してくる前は地方で暮らすことが不安で仕方ありませんでした。妻と子ども、それから妻の両親以外には知り合いが誰もいないところからのスタートでしたし、自分は馴染めるのだろうか、受け入れてもらえるのだろうかと心配でした。でも、実際に生活を始めてみたら、これまで話してきたように全てが取り越し苦労でした」

鹿児島に越してきた梅津さんが不安を払拭し、充実した日々を手に入れることができた背景には、いくつかのポイントがあったと言います。

「僕がしてきたのは、①生活のリズムを安定させるというブレない自分軸を大切にして、②方言が話せないことすらも強みに変えながら、③家庭生活の充実を仕事の奮起につなげ、④自分の好きなものと移住先の自然環境をフルに生かして毎日を楽しむ、ということでしょうか。この僕の経験が、地方移住を考えている人にとって、少しでもお役に立てたら幸いです」

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