教えて!海上先生

【教えて!海上先生】どんな魅力があるの?
 中小企業への就職、大企業への就職 <講演録 Vol.1>

【第1回】大企業と中小企業、 就職先として “普通”なのはどっち?

みなさん、こんにちは。海上(うなかみ)と申します(※)。

厚生労働省からご依頼を受け、「地方人材還流促進事業」助言指導委員の任に就いています。

私の仕事は、日本の産業を支える企業、特に中小企業と大企業の違いなどについて、いろいろな角度から研究することです。政府系金融機関の研究員、および、三つの大学で教員もしているので、学生の皆さんから企業や経営について多くの質問を受けます。それに応えるためにも、就活的な目線から、各企業が働く場としてどんな魅力を持っているかについて、詳しい調査やヒアリングも行っています。(※文末に略歴)

この講義でお話しすることは、全てそうした調査で得た客観的データに基づく内容となっています。特に学生の皆さんがなんとなくマイナスの印象を抱きがちな中小企業(注)について、うわべのイメージとはかなり違う長所があること、ときには大企業を上回る魅力をもっていること、また同時に、注意すべき課題や短所があること、こうした点を具体的にお伝えできればと思っています。

地方で良い職を見つけるなら、特に中小企業は外せません。
それではさっそくいきましょう。

 

(この講演録は、海上委員が行った講演を「地方人材還流促進事業」事務局にて、特集記事としてまとめたものです。)

 

(注)「中小企業基本法」という法律により、製造業なら従業員数300人以下、小売業・サービス業なら同50人以下、卸売業なら同100人以下などというように定義されています。http://www.chusho.meti.go.jp/soshiki/teigi.html

 

■大企業と中小企業、就職先として“普通”なのはどっち?

最初に皆さんにお伝えしたいのは、「なぜ中小企業に注目するの?」という話です。
皆さん、まず就職先の候補企業を挙げようと思っても、なかなかTVに出てくる大きな企業くらいしか思い浮かばないのではないでしょうか? 

しかし意外にも、日本の全従業者4,600万人のうち、約70%は中小企業で働いています(図-1)。東京・大阪・名古屋の大都市圏を除く地方圏では、さらに割合が上がって、約85%にもなります。つまり、10人に7~9人は中小企業に就職します。就職先として“普通”なのは、実は中小企業なのです。

とくに地方には大企業がそうそうないのが現実です。地方銀行や電力会社、たまにメーカーやスーパー、会社以外なら農協もありますが、割合はとても少ないです。

イメージとは違って、中小企業で働く人の方が、むしろ多数派中小企業に注目しないわけにはいきません。このことをまずは頭に入れておきましょう。

 

図-1 日本の従業者は、どのくらいの割合で中小企業に勤めているのか?

■中小企業が門戸を開き、歓迎していることを知ろう

今日の就職環境は、かなりの売り手市場だといわれています。大企業でさえ「人手不足」で、一次募集だけでは定員が埋まらないこともあります。当然、中小企業では、大企業にも増して働き手が欲しい状況です。そのレベルは、1990年代のバブル景気の頃の伝説的な人手不足、売り手市場にも匹敵するほどであり、歴史的に見ても、いかに皆さんに対し、企業からの期待が寄せられているかわかると思います。

特に大学卒の人材については、中小企業でも大企業でも、将来、企業の中枢を担う社員になってもらうことを期待して、企業は採用を行います。こと中小企業については、大学生の求職者数に対して求人社数が大幅に上回っており、2017年現在で求人倍率が6.45倍((株)リクルートワークス研究所調べ)、つまり、1人の学生に対して6社の企業が「ウチに来て」と手を上げている状況です。それだけ強く大学卒人材を求めているのです。

一方、大企業の方はというと、常に0.3~0.7倍程度の求人倍率で推移しており、逆に求職者数の方が多く、採用枠からはじき出されてしまう人がいる状態です。大学生の皆さんがわざわざ競争率の高い大企業に偏って志望していることがよくわかります。

これは、学生の側に根強い大企業志向があることも事実ですが、「中小企業ってよくわからない」という人が多いことも、大きな理由なのです。

確かに、学生の立場からみると、街を歩いていても、テレビを見ていても、目に入るのは大企業の広告や看板ばかり。ドラマの主人公も何やら大企業に勤めている様子で描かれます。

一方、中小企業については、伝えられる情報がほとんどなく、たまに描かれても、薄暗い蛍光灯が照らす工場で機械油に汚れながら働くようなイメージばかり。少し偏見が入っているようで、これでは、若い学生の目が大企業にばかり向いてしまうのも無理はありません。せっかく中小企業が門戸を開き、歓迎してくれているのに、それを知らないのは誠にもったいない話です。

■中小企業を選ぶ大学生も増えつつある!?

ただ、すべての大学生が大企業ばかり志望しているのかというと、もちろん、そうした人ばかりではありません。むしろ、大企業から中小企業にシフトし始めた人たちもいます。

求人数に比べ就職希望者が少ない中小企業と、その逆の大企業については、すでに述べましたが、ここでは、そこから就職希望者の動きだけに注目して見てみることにします。

 

図-2 就業希望者数の動き
(左グラフ:300人未満企業の場合、右グラフ:1,000人以上企業の場合)

図-2は、折れ線グラフが就職希望者数、棒グラフが求人数を示していますが、そのうち折れ線グラフだけに注目して見てみると、実は2016年までは、中小企業に対する就職希望者数がじょじょに増える傾向にあったのです。求人倍率という割合(分数)にしてしまうと、求人数の方が大き過ぎるのでわかりづらいですが、分母の就職希望者数だけの動きを見てみると、実はこういう事実が隠れていたわけです。

 

逆に大企業の就職希望者は徐々に減る傾向にありました。ご存じの通り、リーマンショック直後の大企業による急激な採用枠の縮小、内定切り、厳しい選別……それを受けた先輩たちの苦境を見て、後輩たちが「中小企業にも目を向けてみようかな」と広い視野を持ち始めたことがわかります。

 

最近の2年間においては、景気回復局面で採用枠を広げた大企業に、再び就職希望者が引き寄せられているようですね。ただし、広げたとはいえ大企業の採用枠に全員が入れるわけはなく、就職希望者数の方が7万人以上も多くなっています。はみ出るのは目に見えており、果たしてこの動きが今後も続くのか、注目です。

■中小企業社員の10人に1人は、大企業を辞めて来た人

大企業と中小企業がどんな人員構成になっているかというと、大企業で多いのは、圧倒的に「入社直前まで学生だった人」で、7割近くを新卒学生で占めています。「大企業は新卒が大好き」という感じで、転職者は3割もいません。

 

一方で中小企業はというと、「中小企業で正社員だった人」もしくは「大企業で正社員だった人」が5割以上を占めています。転職市場の受け皿的存在として、中小企業がかなり大きな吸収力を持っているのです。

 

興味深いのは、中小企業の社員には「大企業で正社員だった人」が1割以上いること。言い換えると、「大企業の水が合わなかった」、もしくは「中小企業のほうがよい」ということで転職してきた人が1割もいることです。大企業で満たされなかったことが、中小企業では満たされる、そうしたケースも少なくないということがわかります。

そもそも大企業に就職した人は、どんな点を重視して大企業を選んだのでしょうか。逆に、中小企業に就職した人は、何が決め手になったのでしょうか。次回は、この点について詳しく解説します。

 

【 講 師 略 歴 】
海上(うなかみ) 泰生(厚生労働省「地方人材還流促進事業」助言指導委員)
早稲田大学法学部卒業後、中小企業信用保険公庫、中小企業庁長官官房、通商産業省(現経済産業省)貿易局 課長補佐、
OECD(経済協力開発機構)パリ本部 輸出信用専門家会合委員、日本政策金融公庫総合研究所グループ長を歴任し、主席研究員(現職)。
埼玉大学大学院非常勤講師を経て、現在、横浜市立大学・立教大学・三重大学の3大学の講師を兼務。
所属学会 : 日本金融学会、組織学会、日本中小企業学会