スペシャルインタビュー
第31回 都心を離れ、地方に移住することで見えてくる新たな価値。

第31回 都心を離れ、地方に移住することで見えてくる新たな価値。

株式会社NUMABOOKS 代表取締役/株式会社バリューブックス 取締役/株式会社日記屋月日 代表取締役/株式会社散歩社 代表取締役/一般社団法人御代田の根 理事
内沼晋太郎氏
1980年山形県生まれ、東京都・埼玉県育ち。大学卒業後、国際見本市の主催会社に入社するも2カ月半で退社。フリーターとなり東京・千駄木「往来堂書店」でアルバイトを始める。並行して学生時代の仲間とユニット「ブックピックオーケストラ」を立ち上げ、インターネットで古本を売りながら、本と人との出会いをテーマにした活動を開始。2005年以降は、ブック・コーディネーターという肩書きで選書やイベントを手がけ、2012年には東京・下北沢にビールも飲める新刊書店「本屋B&B」をオープン。それを機に仕事の幅が広がり、店づくりやワークショップ、講座といった人が集まる場づくりなどを手がける。2020年には小田急線下北沢駅と世田谷代田駅の線路跡地に「BONUS TRACK(ボーナストラック)」という新しい商店街をプロデュース。日記専門店「日記屋 月日」の店主でもある。現在は、東京の下北沢と長野の御代田町(みよたまち)での二拠点生活中。

テーマ1
いきなり地方移住より、少しずつ段階を踏んで都心から離れてみる

今、長野県の御代田町(みよたまち)に住みながら、東京と行き来する暮らしをしています。きっかけは2015年末に、長野県上田市を拠点にインターネットでの古本リユース事業を行う「バリューブックス」の社外取締役になって、月に1~2回、東京から上田へ日帰りで通うようになったことでした。

 

僕は、東京の下北沢で「本屋B&B」を経営していることもあって、当時は下北沢に住んでいました。ただ子育てをする環境としては、色々と難しいと感じることが多くて、下北沢から少し離れた東京都狛江市に引っ越したんです。店の近くにいられないので、どうなるだろうと思いながら狛江から下北沢へ通ってみたら、案外、問題なかったんですよね。その延長線で、狛江で大丈夫なら長野の上田でも大丈夫だろうと、2019年に上田市へ移住しました。少しずつ、東京から離れていった形です。

 

上田市には最初に訪れたときからすごく魅力を感じていて。僕は仕事柄、これまで色々な地域へ行きましたが、上田は新幹線の駅が街の中心にあって、東京へのアクセスが便利です。さらに上田城や活気のある商店街もあるし、若い人が始めたかっこいい個人店もあれば、古くからある映画館、雰囲気のいい喫茶店などもある。「ここでならやっていける」という感覚は、引っ越す前からありました。

 

東京の下北沢からいきなり長野の上田への移住ではなく、その間に東京の狛江というワンステップがあったことも、とても大きいです。2021年からは長野県軽井沢町の隣の御代田町に住んでいますが、それも上田という入門編を経て、土地勘が付いてきたから移れたという面があります。
こんなふうに、僕は1回やってみるという方法をずっと採ってきたように思います。ダメなら元の場所に戻ればいいだけですから。でも、その“1回やってみる”が、次につながってきた気がします。

 

もし都心から地方へ行こうかと迷っている人がいるなら、都心からそう遠くない地方都市に、試しに住んでみるといいかもしれません。

いきなり地方移住より、少しずつ段階を踏んで都心から離れてみる

テーマ2
離れることで気づく東京の価値、近づくことで知る地方の魅力

東京から上田へ移るときに、もうひとつ考えたことがありました。それは、ずっと東京や下北沢で暮らしていたら、その場所のことしかわからない人になるかもしれないということです。ちょうどそのとき、下北沢にできた新しい商店街「BONUS TRACK」を運営する会社を作るタイミングで、向こう20年間は下北沢の街づくりに関わることが確定していました。ある意味、その間は東京に片足を置いておかないといけないので、それならもう片足はあえて少し遠くに置いた方がいいだろうと思ったんです。

 

コロナ禍が落ち着いて、東京にも外国人観光客が増えていますが、遠くから東京へ来る人の気持ちがわからないと、これからそこにどういう価値を作ればいいのかわからないように思えて。なるべく客観的になるために、東京を離れてみようという気持ちがありました。

 

実際、東京から離れると、見えてきたものが色々とあります。ひとつは、単純に東京は面白いということ。変化のスピードも速いし、人の種類も多い。同時に東京では、コミュニケーションは促さないと生まれないとも感じています。よく言われる話ですが、東京では、みんな‟他人”という感じが当たり前で、隣あった人と気軽に話したりはしません。でも長野にいると、道で人とすれ違うことが珍しいので、すれ違うときに挨拶したり、飲食店で隣の人に声をかけられたりということが普通にあります。野菜は買うだけでなく育てるものでもあり、お米や果物もご近所さんからいただけることもある、というような食に関する感覚もずいぶん東京とは違います。もちろんそれは何かしらお手伝いをしたり、日ごろからコミュニケーションを取ったりして関係性を築いていることが前提ですが。

 

そういう地方の、田舎に行けば行くほどあるようなものを、もう一度、東京へ持ち込み、逆に東京で感じたものを地方で活かすということができるのではないかと思っています。

 

というのも今は、何をするにもコミュニティや人の集まりが大事だと思うからです。僕の扱っている本が象徴的ですが、何でもオンラインで買える時代に、リアルなお店に行く必要があるのかという話がありますよね。そう考えると、リアルなお店の価値は、結局、そこに集まる“人”なのだと思います。店主や店のスタッフと、そこに集まる人たちとが直接話すといったことは、オンラインでは買えません。ただ、東京では、何かしら人と人との交流を促す仕組みがないと、そういう新しい価値、つまり“わざわざ行くべき場所”を生み出しにくいんです。逆にそういうことを自然と行っているのが、地方ではないかと。

 

一方、東京で得たものを地方での生活に生かすこともあります。こちらでは仲間たちと「御代田の根」という一般社団法人をつくりました。最初は僕の家族を含め、子どものいる3家族が、子どもが放課後を有意義に過ごせる場所や、保育を近隣の親たちで分担できるようなコミュニティが欲しいよねと話していたところから始まりました。僕は本や下北沢の再開発に関わる仕事をしてきた経験から、何かしら役に立てるだろうと関わっています。

 

「御代田の根」の活動では、例えば「みよたの広場」という誰でも遊びに来ることができる広場を作って、月に1回、マルシェやワークショップを開いています。そこには手づくりの遊具のほか、キッチンカーのカフェもあるし、活用がむずかしい材をオーブンストーブなどの薪として再利用する仕組みもあります。先日は東京から移住してきた漫画家さんがたまたま広場に立ち寄って、スタッフと話すうちに、子どもたち向けのお絵かき教室を開くことになりました。そういうことがすんなり起きる場所になってきています。地方は東京より出会いが少ない分、この人がいてくれて助かるという関係性で付き合うことになるので、お互いに出会いを大事にする感じがありますね。

 

そういう点では、長野に住んで暮らしを自然と大事にするようになったことで、人との付き合い方も変わってきました。東京にいるときは、飲み屋で会って、お互いの仕事の話をするというコミュニケーションでしたが、長野に来てから知り合う人とは、もっと一緒に暮らしている感じがあります。「畑、やっていますか?」とか「いつタイヤをスタッドレスにしますか?」とか、本当に些細なことでも話す内容は暮らしのことが中心なんです。付き合う姿勢が中長期的で、来年いなくなる人たちではないという感じで接している部分が、お互いにあるのかもしれません。

離れることで気づく東京の価値、近づくことで知る地方の魅力

離れることで気づく東京の価値、近づくことで知る地方の魅力

離れることで気づく東京の価値、近づくことで知る地方の魅力

テーマ3
東京から離れられないという幻想を手放してみる

僕は、もともと東京以外の場所に住むことに対して関心はあったのですが、それと同時に、東京を離れられないと思い込んでいたところもありました。東京にいると何でもあるので、全て自分に必要なもののように感じてしまうんですよね。例えば、すぐ飲みに行ける店があるとか友達に会えるとか、映画館や美術館、本屋さんがあるとか、そういう理由で東京に留まろうとしがちです。ただ、それらがなくなったときにどう思うかは、実際になくなってみないと分からない。地方に行くと、あれがないこれがないと挙げてしまうけれど、なくなっても大丈夫だったと気づくこともあるので、本当に大事かどうかは考える余地があるはずです。

 

あとは、地方には仕事がないかもしれないという不安もあると思いますが、それは仕事の種類によります。上田市のようにそれなりに人口のいる中核都市ならば、働き口がないことはありませんし、完全リモートOKの会社であれば、場所を選ばないから東京や都心にこだわる必要はないです。

 

かといって、僕は東京で最初のキャリアを始めることを否定するつもりはないんです。そこでしか得られないものもありますから。僕自身、ちょっと変わった道を歩んできてはいますが、新卒で東京の大きい企業に就職しています。2ヶ月半で辞めたとはいえ、就職して良かったと思っているのは、自分の気持ちや方向性に気づけたからです。

 

ただ、もし若い人が東京や都会でキャリアの一歩目を踏むなら、「決して飲み込まれるな!」と言いたいです。東京で大きい企業に就職するということは、既存の価値観、既存のビジネスモデル、既存の仕組みの中に飛び込むことでもあります。今の時代、国際情勢にしてもテクノロジーにしても変化のスピードが速く、想像もしないことが起こり得るから、既存の環境に慣れきってしまうと急に立ち行かなくなるかもしれません。そのことに対する警戒感は、持ったほうがいい。そして、もし「おかしいな」と思ったら、一つの選択肢として、地方へ行ってみるというのはありだと思います。とにかく無自覚でいることが一番良くないと思います。

 

一方、地方を就職先の選択肢に入れるには、どう地方と接点を持つかという問題もあります。僕は、それは“点”を見つけるしかないと思っています。出身地でもない、何の縁もない場所でも、そこにすごく興味のある人がいる、会社があるから行ってみるという感じです。例えば、酒蔵や地元メーカー、職人さん、その地域の伝統工芸品など、そのことを本当に知りたくて仕方ないという状態は、アドバンテージです。そういう圧倒的な興味を見つけたら、そこへ行って、それに没頭してみる。もし、うまくいかなくても、「こういうことをやっていました!」と言えるものが持てますからね。

 

いずれにしても、若いときは、普通のことをして過ごしているだけではもったいないです。今しかできないことがあるし、人とはちょっと違う、珍しいことを経験しておいた方がいいんじゃないかと思います。

東京から離れられないという幻想を手放してみる

 

※この記事に掲載されている情報は、2024年1月にサイトに公開した時点での情報です。

 

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