スペシャルインタビュー
第30回 新卒移住者が企業内起業。地元(山形県米沢市)の風景や文化をコンセプトにしたブランドを立ち上げた。

第30回 新卒移住者が企業内起業。地元(山形県米沢市)の風景や文化をコンセプトにしたブランドを立ち上げた。

株式会社nitorito デザイナー 斎藤美綺氏
神奈川県藤沢市出身。多摩美術大学在学中、ものづくりの現場で働きたいという気持ちから日本各地の産地へ足を運び、機屋(はたや)を巡る。最後に出会った土地である米沢産地に強く惹かれ、Iターンで山形県米沢市へ移住。技術を学びながら自主制作をし、のちの米沢発信ブランド「nitorito(ニトリト)」をスタート。ストールを中心に製造し、made in YONEZAWA に誇りを持って商品を展開している。

テーマ1
移住者だからこそ、地元の人では見逃してしまう地域の魅力をブランドに昇華できた

2020年に「nitorito(ニトリト)」というブランド事業をスタートし、ストールを中心に製造、販売をしています。最北端の繊維産地である米沢産地(米沢織)の技術と山形の風景や文化などの魅力を発信するブランドとして活動しています。

 

神奈川県藤沢市出身で、多摩美術大学のテキスタイルデザイン学科に通っていた私は、産学協同のプロジェクトで八王子織物の生産現場を目にしたのをきっかけに、生地づくりの現場に魅了されました。以降、京都や桐生(群馬県)、西脇(兵庫県)といった全国の繊維産地を回り、最後に訪れたのが米沢でした。

 

米沢で現場を見せていただいたのが青文テキスタイル株式会社でした。柄を描きながら織るジャガード織機と、ジャカードの丸編機の両方を扱っており、高い技術力を持ちます。明治10年創業で150年近い歴史の中で、時代の流れに合わせた新たな商品開発をしている姿勢や志に心を奪われました。その思いが募り、「ここで働きたい」とお願いしました。

 

働き始めは機械について覚えたり、取引先のアパレルメーカーさんから依頼された柄を機械の設計に合わせて落とし込んだりと、機械や生産デザインを勉強しました。また、アパレルメーカーさんや問屋さんに見せる自社の企画展でオリジナルテキスタイルを制作し、展示する経験もさせてもらいました。

 

数カ月経ち、夏頃に稼働が減る機械があることに気がつきました。秋から冬は繁忙期で、春夏は閑散期。自分のテキスタイルを制作してみたいという思いと、上司が以前話していた「ファクトリーブランドを立ち上げたい」という言葉が相まって、その丸編機と在庫糸を使い、オリジナルのストールを企画しました。

 

デザインのテーマは「mountain&moon」。米沢市内を360°囲む山並みと夜空に輝く月と星をデザインに落とし込みました。(当時の)社長や上司はそのストールを目にすると、地元の風景をもとにした柄に驚きつつも、「こういうことだよね」という反応でした。最初からこの地に住んでいた人ではなかなか気が付かない魅力を、移住者の私だからこそ表現できたのだと思います。

 

ブランドコンセプトをゼロから考えるのはとても難しいものですが、私の中にはすでに「米沢の風景や自然、文化をテーマにしたい」という思いが育っていました。シーズンごとに流れてしまうものではなく、生産者をリスペクトして、誰かの中に留まってもらえるものにしたい。米沢に住んで感じた、山が迫り来る迫力や美しい四季折々の風景をそのままお客様に伝えたいと思ったんです。思いを形にしたことで、テーマとデザインの方向性が上司とも共有でき、感覚的に一致していきました。

 

そこから、オリジナルブランドnitoritoが誕生しました。BtoBの製造業からBtoCブランド事業へ踏み出すことになりました。それにより、青文テキスタイル株式会社から独立した法人「株式会社nitorito」を立ち上げ、私と(当時上司の)社長2名体制で運営しています。

移住者だからこそ、地元の人では見逃してしまう地域の魅力をブランドに昇華できた

テーマ2
「もうブランド?」――地方ならではの早いチャンスに友人も驚き

大学時代の同期は、有名アパレルブランドに就職する人も多く、米沢への就職と移住にとても驚いていました。地方の産地巡りをしているのは知っていても「まさか東北?」という反応でした。東北に馴染みのない人も多く、「米沢ってどこ?」といろいろな人に言われました。

 

私も大学に入った当初はアパレルブランドへの就職を考えていましたが、先輩方から苦労話もたくさん聞き、デザイン部署として入社しても最初は販売員や広報からスタートし、なかなか道が開かれない場合もある、という現実も知りました。ものづくりの現場に惹かれたのは、早く自分の実力をつけたいという思いもありました。

 

就職して1年ほどでnitoritoがスタートしたので、「もうブランド?美綺、大丈夫?」と、また友人たちに驚かれ、心配もされました。でもすぐにSNSの発信を見てくれたり、都内で開催するイベントに来てくれたりと、すぐに応援してくれるようになりました。テキスタイルが好きな友人も多いので、米沢織の歴史や高い技術に興味を持ってくれた事が嬉しいです。

「もうブランド?」――地方ならではの早いチャンスに友人も驚き

弊社はありがたいことに毎年様々な場所で販売をさせていただいています。現在は岩手や宮城といった東北だけでなく、北海道や東京。さらには大阪や九州と全国に販路が拡大しました。それぞれの地域でたくさんのお客様に温かく迎えていただいています。小売店に商品を卸す際はできる限りそのお店に足を運び、店長さんへ商品について説明をしています。また、1週間ほどのPOP UP SHOP(展示販売会)を行う際は、自らその土地へ伺い、直接お客様へnitoritoのものづくりについてお伝えしています。

 

基本的に商品はストール。商材自体は、世の中にたくさんあるものです。それなのに選んでもらえるのは、米沢織の歴史やテキスタイルメーカーの特性を生かしたものづくりだからこそ。そういった背景が、お客様に伝わっているのだと実感しています。

 

このように、少しずつ販路を広げているのですが、ストールという商品の特性上、売り上げが秋冬に偏り、9月から翌年の1月までが一番の繁忙期。その代わり6月から8月は閑散期となり毎年不安になります。頭では分かっていても「大丈夫かな」という気持ちはぬぐえません。その時期は、オールシーズン売れる商品を開発したり、次の秋冬の商談やものづくりを進めたりして、気持ちを前に向けて乗り切っています。

テーマ3
地方はやりたいことがある人はもちろん、やりたいことがなくても活躍の場がある

「これをやりたい」という思いのある人なら、地方でも相性のいい場所を鋭く見つけられるのではないでしょうか。もし見つかったら、思い切って行ってみることで、何かきっかけがつかめると思います。私は自らテキスタイルメーカーを探しアポイントを取り、簡単なポートフォリオを持参して行きました。「自分が何者か」をその場で表現して伝えられるとよいと思います。

 

社会人になってから企業へ連絡を取る場合、相手から「何しに来たんだろう」と怪しまれるかもしれませんが、学生なら「若い子が興味を持ってくれた」と歓迎されます。私自身も、nitoritoに大学生が見学に来てくれるとすごく嬉しいです。

 

私が米沢を訪れたときは、ゼミの教授に紹介していただいた東北芸術工科大学のテキスタイルコースの教授に連絡を取り、ちょうどその日に開催されたイベント(紅花ルネサンス)を手伝いながら見学させていただきました。翌日は青文テキスタイル株式会社にアポイントを取っていましたが、いざ訪れてみると、着物のメーカーさんや糸屋さん、いくつかの工場などもアテンドしてくださっており、米沢産地を一周させていただけることに。事前に、米沢織の組合の中で、見学に協力できるメーカーさんを募ってくれたのだそうです。そういった人のよさ、あたたかさは、地方ならではかもしれません。

 

一方で、「やりたいことがない」とダメ、というわけでもないです。ただ、やりたいことがぼんやりしている人は、都会で暮らす方がむしろ辛いかもしれません。周りはみんな忙しくしていて、焦りを感じやすいのではないでしょうか。

 

その点、地方は人口が少なく、一人ひとりに対する仕事量がたくさんあります。自分自身に特徴や特技がないと思っていても、「外から来た人」というだけで、地元の人たちとは違う特徴が生まれる。だから、活躍できる場がたくさんあります。勇気を持って行動してしまえば、きっと何かいい出会いに巡り合えると思います。

 

米沢に移住し、意外と若い人が多いことに驚きました。志の高い方はもちろん、関東から移住している方もいて、少しずつネットワークができつつあります。「斎藤さんって、nitoritoやってるんだよね」と、声をかけていただくこともあり、ひとりで移住してきても「ひとりじゃない」と思えます。

 

米沢には「おたかぽっぽ」という、鷹の形をした一刀彫の工芸品があります。子どもが生まれたときの縁起物として、また子どものおもちゃとして作られてきましたが、やはり他の目新しいものに押されがちです。そこで、おたかぽっぽのオマージュとして、鳥のデザインでストールを作りました。

これからも、米沢の名物や産業をストールとして表現し、連携してこの地を盛り上げていけたらと思っています。

地方はやりたいことがある人はもちろん、やりたいことがなくても活躍の場がある

 

※この記事に掲載されている情報は、2023年10月にサイトに公開した時点での情報です。

 

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