スペシャルインタビュー
第27回 「じゃない人」が新しい価値をもたらし、街の魅力を増やしていく

第27回 「じゃない人」が新しい価値をもたらし、街の魅力を増やしていく

TSUGI llc.(合同会社ツギ)代表/デザインディレクター 新山 直広氏
1985年大阪府生まれ。京都精華大学デザイン学科建築分野卒業。学生時代に、アート事業を展開しながら地域活性を図る河和田アートキャンプに参加したことをきっかけに、卒業後、キャンプの運営会社である株式会社応用芸術研究所へ就職。それに伴い福井県鯖江市に移住した。
同社で働く中で、鯖江のものづくりにはデザインの視点が欠けていることに問題意識を感じ、独学でデザインを学ぶ。2012年にデザイナー職で鯖江市役所に転職。翌年には仲間の移住者たちと鯖江の地域活性に向けた活動を行うチームとしてTSUGIを結成。2015年には鯖江市役所を退職し、TSUGIをデザイン事務所として法人化。デザイン・ものづくり・地域といった領域を横断しながら、地域や地場産業のブランディングを手掛けている。

テーマ1
地域に役立つかを考える前に、好きなことを自由にやってみる

僕が鯖江に移住してきたのは2009年、当時移住者は全くおらず、自分が移住第一号と言えるような状況でした。それが今では100人くらいの移住者がいます。

鯖江に移住してきた若い方にはよく、「好きなことをやったらいい」「自由にやったらいい」と声をかけています。若い移住者がやりたいことを自由にやることで、街に新しい価値がもたらされると思うからです。

 

僕たちは、2013年にTSUGIというチームを結成し、2015年にはデザイン事務所として法人化させました。「創造的な産地をつくる」というビジョンを掲げて、ものづくりの街である鯖江でさまざまな事業を手掛けています。例えば鯖江の職人さんが作る製品のパッケージやロゴを作ったり、アクセサリーブランドを立ち上げたり、事務所内に観光案内所を併設させてみたり、工場見学イベントを開催して人口約7万人の鯖江に延べ10万人以上の人に来てもらったりと、多岐にわたります。

僕が「好きなことをやったらいい」と言うのには、僕自身がこの街で好きなことを自由にやらせてもらったから、という側面もあるのです。

僕が鯖江に来た頃にやりたいと思っていたことは、地域活性の実践でした。今でこそデザイン事務所を立ち上げてデザイナーを名乗っていますが、実は昔からデザイナーになりたいと思っていたわけではありません。

 

そもそも僕が鯖江に移住したきっかけは、大学生の時に「河和田アートキャンプ」という鯖江のプロジェクトに参加したことでした。芸術活動がいかに地域貢献できるか、というテーマで、140人くらいの大学生が鯖江に集まり、1ヶ月間合宿をしながら鯖江の街を使ったアート作品を作るプロジェクトです。

当時は地域活性という言葉をほとんど聞かない時代でしたが、僕の中では地域活性こそ時代の最先端だ!と思っていました。そして、河和田アートキャンプの運営会社に新卒で就職し、鯖江の地域活性に携わることを決めたのでした。

 

地域に役立つかを考える前に、好きなことを自由にやってみる

河和田アートキャンプの様子

 

デザイナーになることを考え始めたのは、働き始めた当初に担当した産業調査の仕事の影響が大きいです。ものづくりの街である鯖江で、職人さん100人くらいにインタビューをしたり、都内のセレクトショップや百貨店での鯖江の商品の取り扱い状況などをリサーチしていました。

地域活性に貢献しようと意気込んでいた僕ですが、職人さんたちの話を聞いていると「バブルが終わってこの街は終わりだよ」なんて言われるし、百貨店で鯖江の商品を探しに行っても、全然見つからないんです。悔しさと虚しさを感じながら、この街を元気にするには、ものづくりが元気にならなければいけないと次第に分かってきました。

全く見つからない鯖江の商品を探し回る一方で、よく売れる他の地域の商品を見ていて気付いたことは、パッケージや売り場の見せ方などが美しく、工夫されていることでした。鯖江の商品にはデザインの視点が足りていませんでした。

鯖江のものづくりを元気にするために必要なことはデザイン力であると確信した僕は、デザイナーになろうと決心しました。

テーマ2
地方就職はスーパーマンのものではない

雑誌にある地方就職の特集や、Webに出てくる地方移住した人の記事は、スキルを生かして地方で活躍、という見せ方のものが多いと思っています。その影響か、「地方に進んで移住するのはスーパーマン」「地方で活躍するには専門性が不可欠」などと思っている人がいるようで、実際に僕もそういう人に会うこともあるのですが、全然そんなことはないと言いたいです。むしろ「自分には役立てることがなさそう」と思って、移住を選択肢から外している人がいるとしたら、それこそお互いにとってもったいないことです

地方就職はスーパーマンのものではない

僕は今、「じゃない人」を街に増やす取り組みをしています。「じゃない人」とは何かというと、例えば鯖江はものづくりの街なので、職人さんを街のど真ん中の人たちとすると、それ以外の人はみんな「じゃない人」です。僕らみたいなデザイナーは職人さんの周辺にいる人、そして最近鯖江に移住してくる人たちは、言うなればさらにその外側の人たちです。外側の人たちは、ものづくりやデザインに興味のない人たちがほとんどです。最近では「鯖江が面白そうなのでノリで来ました」という人がどんどん増えているのですが、僕はそういう人たちって本当に最高だと思っています。

 

そんな人たちが土日だけカフェをやってみたり、家の隣にあった物置を活用して本屋をやったり、自由に活動をしている。職人さんや僕なんかはそれを、すごいな、面白いなって思いながら見ています。そういう「じゃない人」たちの動きが、この街に新しい価値をもたらし、これからの街を作っていくのだと思います。

 

いまの自分にあまり自信が持てない人でも、地方には活躍する余白がたくさんあります。メディアは地方で活躍する人のきらびやかな部分を見せがちです。けれども、例えば移住した街に面白い人がいて、その人を支える役割だって楽しくて充実した「じゃない人」の活躍です。それも一つの選択肢として大いにあり得ることは、ぜひ知っておいてもらいたいですね。

テーマ3
工夫したり考えたりするのが楽しい人にとって、地方は最高に面白い

都会と地方を比べたときに思うことは、都会はモノや情報に満ち溢れていて、極端な話、それほど考えなくても生きていける場所であるということです。生活をより良くしようと知恵を絞らなくても、便利で快適な暮らしが担保されるのが都会の特徴だと思います。

一方で地方は、モノや情報に満ち溢れてはいません。普段の生活から工夫しないといけない状況がたくさんあります。一見すると不便なだけのように聞こえますが、自分で考えることが好きな人や、工夫することが楽しいと思える人にとって、地方はクリエイティビティをたくさん発揮できる、最高に面白い環境だと思うんです。

工夫したり考えたりするのが楽しい人にとって、地方は最高に面白い

一口に地方と言っても、移住者が誰もいなくて、自分が第一号移住者になるような場所もあれば、ある程度移住者が暮らしている鯖江のような場所もあります。移住者が多くいるような地域であれば、とりあえず行ってみる、とりあえず住んでみるくらいのノリでも問題ないと思います

実は、鯖江に移住した人の中には、観光に来たら面白そうだったのでそのまま住みました、という人が何人もいます。

今は、観光と移住が少しずつ近づいているように思います。興味を持った場所に行ってみて、気に入ったら住んでみる。移住と言ってしまうと重いので、しばらく引っ越しますとか、ワーケーションで来ています、といったスタンスでもいいのではないでしょうか

 

僕の今のモチベーションは、若い人たちが鯖江にどんどんやってくる中で、彼らが過ごしやすいと感じたり、自己実現できたり、やりたいことを自由にやれるための環境を整備したいというところにあります。まだそこまでの立場ではないですが、「代わりに責任取るから、やりたいことをやりなよ」って言いたいです(笑)。そうして移住する仲間がどんどん増えていったらうれしいですね。

 

この記事に掲載されている情報は、2021年8月にサイトに公開した時点での情報です。