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働き方紹介DELUXE

山梨県
雑誌編集者から地元旅館への転職者が、 『日本タウン誌・フリーペーパー大賞』を受賞!
雑誌編集者から地元旅館への転職者が、 『日本タウン誌・フリーペーパー大賞』を受賞!
【山梨県】湖山亭うぶや 社員/フリーマガジン『シルベ!』編集長
佐藤史親さん
1987年山梨県富士吉田市生まれ。大学進学とともに上京し、卒業後はタウン誌記者やスポーツ雑誌編集者として勤務。編集の仕事にやりがいを感じながらも、追われるような毎日に疑問を感じUターンを決意。2015年に地元の温泉旅館に転職した。その後、前職での経験を活かし地域の魅力を発信するフリーマガジン『シルベ!』を創刊。旅館スタッフとして勤務しながら、取材や記事の執筆をしている。

サマリー

東京で雑誌編集者として働いていた佐藤さんは、ライター、カメラマン、デザイナーなど、スキルの高い人たちに囲まれ充実した毎日を送っていました。ところが、ランニング雑誌の編集部から、自転車雑誌の編集部への社内異動の結果、日々の業務に充実感が持ちにくくなったと言います。編集という仕事自体は変わらなかったのですが、ランニング雑誌への思い入れがとても強かったため、新しいテーマに心から没頭できなかったのです。このままでは編集という仕事自体を嫌いになってしまうかもしれない、そう考えた佐藤さんは山梨へのUターン転職を決意。帰郷後は温泉旅館で働きながら、地域のフリーマガジン「シルベ!」を創刊、同紙の編集長をすることになりました。

佐藤史親さん

佐藤史親さん

山梨県富士吉田市ってどこ?

山梨県富士吉田市ってどこ?

Q.1 仕事内容は、どう変わった?

Before

東京でランニング雑誌の編集者をしていた佐藤さん。
編集には以前から興味があり、念願かなって始めた仕事でした。

編集の仕事は、大きな道筋を作る仕事。雑誌を完成させるために、誌面の企画を考え、取材や撮影をして、記事を書いて……と、仕事内容は多岐に渡ります。

東京勤務時代

編集者としてスキルアップしている実感がありました。生まれ育った富士吉田では、周囲に自営業を営む人が多かったこともあり、“手に職”をつけたいという思いがあったんです。まだそのときは漠然としていましたが、編集というスキルを地元で活かせることもあるかなぁなんて思いながら働いていました

そんな佐藤さんに転機が訪れます。ランニング雑誌から自転車雑誌編集部への異動でした。異動先の社員は佐藤さんを含めてわずか3人。全員が若く、手探りの毎日が続きました。

佐藤さんは必死に働きました。
しかし、まだ編集者として色々なことを学び、吸収するべき期間。頼りになる上司や先輩がいないことから、成長実感が持ちにくくなり、気が付けばひたすら仕事に追われているような心境になりました。

ビジネスとして雑誌を発刊している以上、会社は売上目標部数を設定します。どうすれば雑誌の売り上げが伸びるかばかりを考える毎日は、純粋に良い雑誌を作り、読者に届けたいという思いとは、少し違うことのように感じました。そのギャップに悩みながらも、会社の期待に応えようと頑張る日々が1年近く続いたころ、「東京で、この編集の仕事をいつまで続けるべきなんだろう?」という気持ちが芽生え始めます。そして、地元の富士吉田市に戻ることを決意しました。

After

富士吉田に戻ってからも編集のスキルを活かして働きたいという気持ちもありましたが、地元にはなかなか編集の仕事がありません。

「ひとまず何か自分ができることを探そう」と考え見つけたのは、河口湖畔にある有名な温泉旅館の求人でした。すべての部屋から富士山が見える高級旅館です。佐藤さんには、接客業の経験はなかったものの高校生の頃にホテルでの仕事に興味を持ったこともあり、「やってみたい」と思ったそうです。こうして、佐藤さんの山梨での暮らしがスタートしました。

旅館で担当しているのは、フロントの仕事。
お客さまのお出迎えやチェックインのご案内が業務の中心です。「お客さまがチェックインしてから帰られるまでの時間を気持ち良く過ごしてもらえるように、計画しておもてなしをする仕事です。編集の仕事の企画を立て、取材をして、記事としてかたちにしていく過程と少し似ているような気がします」と佐藤さん。

前職と大きく異なるのは、自分が提供したサービスの結果が、お客さまのリアクションという形ですぐに現れることだそう。「編集の仕事では読者の声を直接聞く機会があまりなかったので、新鮮です。自分の住んでいる場所が、こんなに求められている場所なんだって驚きました」

Answer

編集者からホテルマンへの転職は一見畑違いだが、前職で培った編集のスキルを、現職のホテルマンの仕事にも活かすことができている

Q.2 編集者としての考え方は、どう変化した?

Before

東京でランニング雑誌の編集をしていたころは、取材を通して、アスリートや志同じく走るランナーの話を聞けて、とても刺激的だったといいます。一方で、誌面の企画を提案してもなかなか通らなかったり、自分の書いた記事に意図しない修正が入ってしまったり、苦労もあったそうです。

雑誌は、常に読者ありきです。自分のなかではうまく表現できたと思っても、成果に直結するとは限りませんでした。いくら自分たちが納得できるものをつくっても、“売れなければ意味がない”という意識のもと、仕事をしていた部分がありました。雑誌をつくり続けるためにはとても大切なことなのですが、これは苦しい部分でもありました」と当時を振り返ります。

After

富士吉田に戻って少ししたころ、佐藤さんに「一緒に雑誌をつくろう」と誘いがありました。

地元には「ふじこ」という商工会が作るフリーペーパーがありましたが、残念ながら廃刊になり、それを惜しんだ地元仲間が、編集経験のある佐藤さんに声をかけてきたのです。

「東京で身につけた編集のスキルを活かせる」と考えた佐藤さんは、仲間とともに検討を重ね、“富士北麓の輝きを知るフリーマガジン”『シルベ!』を創刊しました。『シルベ!』のコンセプトは、地元の人に地元の魅力を再認識してもらうことです。

「都心部へ出て、山梨へ戻ってくる若者はすごく少ないです。若者やこれからの世代の人たちが、山梨やっぱりいいよねってなってほしいなと今は思っています。地元でやりたいことを見つけて、実現できる場所なんだってことを『シルベ!』で伝えたいんです」

『シルベ!』の名前の由来は、地元の方言で「知ろう」という意味の「知るべぇ」と、地域の「道しるべ」でありたいという想いからつけられています。気になることがあったらまずは現場へ足を運び、取材に手間暇かけることを惜しまない姿勢は、前職時代に身についたもの。

やがて『シルベ!』は、『日本タウン誌・フリーペーパー大賞2017』の新創刊部門で優秀賞を受賞しました。

受賞を喜ぶ佐藤さんですが、実は同じくらい嬉しかったことがあります。
それは、『シルベ!』を見て「一緒に雑誌作りをさせてほしい」とインターン希望者から連絡が来たことや、地元の人たちからの寄せられる「いいね!」の言葉でした。前職時代、売上目標部数を気にするがあまり忘れかけていた、雑誌作り本来の喜びを取り戻せたのかもしれません。

Answer

編集スキルの活かし方が、「売り上げを上げる」ことに比重が置かれていた状況から「地元のため」に変わった

Q.3 今と昔、地元への想いはどう違う?

Before

佐藤さんは、高校生まで富士吉田市で育ち、その後東京の大学に進学しました。山梨を出たのは、「地元が嫌だったから」だといいます。「このあたりは、富士山があって観光資源に恵まれた土地です。都心からのアクセスも良く、国内外からたくさんの観光客が訪れます。

一方で、『富士山を見せて、お土産が売れればOK』という、昔ながらの商売から抜け出せなくなってしまうケースも多い気がしていました。

地方には、“新しいものを受け入れる”ことを苦手とする面があるからだと思います。以前の自分は、そんな地元の姿を“くだらない”と思うことしかできませんでした」。そんなネガティブな思いがある一方で、そのまま工夫をしなければ、いつかは地元が廃れていってしまうという危機感もどこかで持っていました。

After

Uターン就職をしてまもなく、地元の見方が変わります。
佐藤さんにとって、高校生以来の山梨の生活。気づいたことがたくさんありました。

「旅館で仕事をし、遠くからわざわざこの街に訪れてくれる人たちに出会いました。自分の街にわざわざ来てくれる人がいる、こんなありがたいことはありません。富士山を見て、喜んでくれる人を見て純粋に嬉しく思うようになりました」と笑う佐藤さん。地元を魅力的な場所として発信するためには、自分が地元を好きにならなくてはいけないことに気づきました。さらに、地元を良くするためには、地元の人がまず行動を起こすことが大切だと考えるようになりました。

Answer

地元が好きではなかったが、一度離れ、改めて暮らしたからこそ自分が生まれ育った地元の魅力に気づくことができた。

Q.4 周囲の環境は、どう変わった?

Before

佐藤さんに、東京はどんなところだったと思うか聞いてみると、「とにかく優れた人やモノが集まる場所」だと答えてくれました。「洗練されたものが集積しているからこそ、たくさんの刺激を受けることができます。自分を磨くのにとても適した場所だったと思います」

一方で、いつも背伸びしているような感覚も味わっていたそうです。「優秀な人があふれているから、努力し続けないと自分の存在を認めてもらえないような気がしていました。もちろん、成長するうえで努力することは大切なのですが、常にプレッシャーと隣合わせでもありました」

After

地元に帰ってきて感じたのは、「着飾らなくていい」ということでした。自分の身の丈に合った暮らしができることを、心地よく感じました。山梨は、自然が豊かなので『鳥が鳴いていたね』とか、『庭のもみじが色づいてきたね』なんて、季節の移ろいを感じられるのも、幸せなことだと思います」

しかし同時に、「刺激のなさ」も実感したそうです。「地方では、都会と比べて競争意識などが生まれづらく、『昔から続くことを同じようにこなしていればいい』といった考えを持つ人も少なくありません。だからこそ、自分の意志をしっかり持ち、現状に流されないようにすることが大切だなぁと思っています

佐藤さんは、旅館で仕事をするときも、気になることがあれば、はっきり口に出すようにしています。それは少しでも現状を良くしたいという気持ちから。職場の先輩は、「知らず知らずのうちに現状維持になってしまっていることもあるので、よりよい旅館にしていくためにも彼みたいな人がいると助かるんですよ」と話していました。

Answer

刺激が多いがプレッシャーも大きい東京暮らしから、マイペースでのびのびできる地元暮らしに変わった。ただ、地方の暮らしは安定志向になりがちなので、成長意欲を常に持って頑張りたいと思っている。

編集後記

優秀な人材、情報、モノにあふれた東京で忙しい毎日を送った佐藤さんは、大変な思いをしたことも多かったはずです。それでも、責任を持って仕事に取り組んできたことで、たくさんのことを地元に持ち帰ることができました。佐藤さんが旅館に入社して、まだ2年半ほど。まだまだ若手の立ち位置ですが、彼はためらうことなく気づいたことを口にします。先輩や上司の皆さんも、そんな佐藤さんをとてもアットホームな雰囲気で受け入れ、信頼しているように感じました。きっと、「もっと良くしたい」という誠実な想いが日頃から伝わっているからなのだと思います。決して“現状維持”に甘んじることなく、良いものをつくろうとする佐藤さん。その姿勢は、『シルベ!』の誌面にもにじみ出ていました。

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