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京都府
名古屋の商社マンが転職で舞鶴のカフェ店長に。 ローカルには、夢を実現するための近道があった!
名古屋の商社マンが転職で舞鶴のカフェ店長に。 ローカルには、夢を実現するための近道があった!
【京都府舞鶴市】Kan’ma Dining シェフ 兼店長
杉山岳さん
1989年大阪府生まれ。大学卒業後、飲食店で1年間アルバイトをし、その後、名古屋にある金属材料の商社に正社員として採用された。営業マンとして約3年働くものの、「いつか自分で飲食店をやりたい」という気持ちが高まり続け、転職活動を開始。正社員でかつ新規開店の準備から関わることができるカフェ(kan’ma dining)の求人を見つけて応募し採用された。名古屋市内から、お店のある京都府舞鶴市に移住し、現在はシェフ兼店長を務めている。

サマリー

名古屋の金属材料商社で働いていた杉山さんは、学生時代から付き合っていた彼女と結婚し、順風満帆の人生を送っていました。しかし、サラリーマン生活が3年目を迎えた頃から「このままでいいのか」と感じるようになりました。杉山さんの夢は、いつか自分の飲食店を持つことでした。しかし、貯金も多くなく、また、今後の生活設計を話し合うべき段階でいきなり起業するというのは、現実的ではありません。そこで、奥さんと話し合った末に転職活動を開始。自分の夢に近づける最良の仕事として、京都府舞鶴市で新規にオープンするカフェのシェフ兼店長の職を得ました。「正直に言うと、ぼくはローカル移住をしたかったのではありません。でも、ローカルだからこそ、未経験のぼくを裁量の大きい店長職に抜擢してくれたのだと思っています」。杉山さんにとって、ローカル移住は挑戦の第一歩でした。

杉山岳さん

杉山岳さん

京都府舞鶴市ってどこ?

京都府舞鶴市ってどこ?

Q.1 仕事の内容は、どう変わった?

Before

杉山さんは名古屋にある金属材料商社の営業マンでした。お得意先をまわり、要望を聞き最良の部品を提案する毎日。働きがいもありましたが、「自分たちで部品を作るわけではなく、仕入れてきたものを売る仕事に、物足りなさを感じることもありました」。一方で、日に日に大きくなる「いつか自分の飲食店を持ちたい」という夢。新卒時に、悩んだ末に実現への道が見えずあきらめた経緯もあり、「いつかやろうと思っているうちに時間が過ぎていってしまうだけではないか」と思い悩むこともあったそうです。

After

会社を辞めると、奥さんとともにすぐに舞鶴へ移住した杉山さん。開業までの約3ヶ月は、店全体のコンセプト固めやメニュー考案、試作品の調理であっという間に過ぎました。

「何もなかった場所に建物ができて『あっ、すごい』、ソファやテーブルが入って『うわぁ、かっこいい』。これでお客さんが入らなかったら、サービスや料理が悪かったってことになるな、とむちゃくちゃプレッシャーを感じました。でも厨房に足を踏み入れて、この新しい場所でやりたいことができるんだ、好きに汚していいんだと思うと、とにかくうれしかったです」。

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そして迎えた営業初日。オープンの瞬間はバタバタしていて、いつの間にかお客様が入っていて感慨にふける間もなかったそうです。料理をテーブルに運ぶと、「おいしい!」「盛り付けがオシャレ!」といった声が返ってきます。前職では得られなかった、お客様からのダイレクトな反応に、嬉しかったり照れ臭かったりする毎日です。

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景色
Answer

他社製品の販売では得られない、自分で作ったものをお客さまに直接届ける喜びのある仕事になった。

Q.2 都会暮らしと田舎暮らし、何が違う?

Before

大阪で生まれ育ち、大学時代には1年間休学し、オーストラリアに滞在した杉山さん。名古屋では小さなワンルームマンションに住んでいましたが、結婚を機に大阪から移り住んできた奥さんと二人で暮らすと、居心地の悪さを感じる時もありました。

「どちらかがイライラすると、その空気が蔓延するんです。これは困りました」仕事や夫婦間で嫌なことがあると、家にいることが辛く、街に出て気を紛らわすこともあったそうです。一歩外に出れば、買い物をする場所も遊ぶ場所もいっぱいあり、友達にもすぐに会える。モノや情報が溢れかえっているのが当たり前の、都会暮らしでした。

 

杉山さんが舞鶴に暮らし始めて最初に感じたのは「時間に余裕があること」でした。夜遅くまで仕事に追われる人はいないし、杉山さん自身も夜はゆっくり自分の時間を過ごせるようになりました。

「店も少ないから、買い物もしなくなりました。転職して収入は減りましたが、支出も減ったんですよ」。日中、車の渋滞や地獄のような満員電車もなく、移動のストレスから解放されたとすがすがしい表情です。

 

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現在の住まいは3LDKの一戸建て。夫婦間で不穏な空気が流れると、お互いに違う部屋に移動することができるようになりました。住んでいる家の裏には大家さんの家があります。名古屋ではマンションの隣人すら知らない暮らしだったので、移住当初は人の距離が近いことに戸惑ったそうです。

開業前のある日、こんなこともありました。「準備のために店に行くと、人が立っていました。『新しい店ができるって聞いたから、ちょっとのぞきに来た』って」。話を聞くうちに、その人は大家さんの妹さんだとわかりました。「ローカルでは、なんでも筒抜けだと痛感しました。同時に、人間関係を上手く構築しないとやっていけない場所だとも感じました。それをポジティブに捉えたら、住みやすいところだと思います。良いことも悪いことも口コミで伝わるのだから、良いことをいっぱいしたいです」

写真は、仕入れ先のお肉屋さんでのひとこま。ご主人、奥さんと今では冗談が言い合える関係に。

 

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Answer

都会はものや情報にあふれているが人間関係が希薄。一方で田舎は、ものは少ないが人間関係が濃く、口コミ情報にもパワーがある。

Q.3 家族(奥さん)の反応はどうだった?

Before

「いつか自分で飲食店をやってみたい」といつも奥さんに話していた杉山さん。舞鶴の求人を見つけて応募すると言った時、結婚したばかりの奥さんはすごく応援してくれたそうです。ところが、仮内定を報告すると態度は一変。第一声は「なんで、そんな田舎に行くん?」でした。「ぼくが応募することに賛成だったのは『未経験者が採用されるわけがない』と思っていたからで、仮とはいえ内定を取るなんて、まったく想像していなかったそうです」

結婚のために大阪での仕事を辞めて名古屋に移ってきたこと、ようやく名古屋での暮らしに慣れて、奥さんが新たに仕事を探そうとしていたことは、杉山さんも知っていました。けれど、自分がやりたいことを諦めることもできない。夫婦間は、険悪な日々が続きました。

 

After

最終的に移住を決行したのは、自分が決めたことでがんばりたい、という杉山さん自身の強い気持ちからでした。

もし、自分の気持ちよりも妻の気持ちを優先して、名古屋で仕事を続けたとしたら、僕はずっとチャレンジできなかったことを後悔すると思いました。この先の人生でしんどいことがあった時にも、夢を反対した妻のせいにしてしまうかもしれません」。「自分が決めたことであれば、どんなしんどいことが待っていようと乗り越えられるし、責任も覚悟も持てる」という杉山さんの説得に、最後は奥さんも折れました。

けれど、奥さんがすぐに応援団になってくれたわけではありません。移住当初は「私はお店には絶対に関わらない」と強く言われていたそうです。しかし、お店がオープンして1ヶ月(*取材時)、今では人手が足りない週末などに奥さんもホールスタッフとして手伝ってくれているそうです。杉山さんの熱意が、奥さんの心を動かしたのかもしれません。

写真は、舞鶴市内の商店街(アーケード)と、観光スポットの赤レンガ。

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Answer

舞鶴市への移住を検討している段階や、移住当初は必ずしも好意的ではなかったが、夢に向かって頑張る姿を見て、奥さんも応援してくれるようになった。

Q.4 自分自身が変化した部分はある?

Before

名古屋時代の杉山さんは、得意先からクレームが入ると、休日出勤もいとわない猛烈営業マンでした。でも、一方で仕事は仕事、プライベートはプライベートと分けて考えたいタイプで、会社にいる同僚や先輩のことも「たまたま一緒の会社にいる人、仕事を離れたら他人だ」と思っていたそうです。社内でのコミュニケーションも、自ら活発にする方ではなく、「仕事で必要なことは話しますが、それ以外の話はあんまりしなかったかもしれません」と振り返ります。

After

舞鶴に来て、杉山さんは変わりました。「仕事とプライベートの分け隔てがなく、人と付き合うように」なったのです。

これに一番驚いたのは、杉山さん自身でした。カフェスタッフは全員、他府県からの移住者で年齢も家族構成も前職もバラバラです。

「移住してきたこと以外、共通項がないので、最初は、みんなちょっとずつよそよそしかったです」。しかし、一緒にメニューを考え、試作品をひたすら食べて、毎日顔を合わせることで、ゆっくりといい関係に発展。今では、店を閉めてから、独身男子スタッフのまっちゃんと食事をし、店のこれからを話し合うこともあるそうです。

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ここで一緒にいい思いをできるか、共倒れになるか、ですからね。一心同体だと思っています」。そう言いながら、「自分がこんなことを言うようになるなんて、本当に、思ってもいませんでした」と杉山さんは笑いました。

写真は、杉山さんのイチオシは、試行錯誤の末に完成させた「かたまりポークのスパイスカレー」。

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Answer

人間関係において、仕事とプライベートを分けるタイプだったが、仕事仲間とプライベートでも懇意にし、さらに仕事について語り合うようになった。

編集後記

ローカルへの移住や転職というと、「その地方が好き」「地域に貢献したい」というような思い入れが必要と思ってしまいがちですが、必ずしもそうではないと、杉山さんの話を聞きながら思いました。

杉山さんにとって、ローカル移住は、やりたい夢を叶えるための手段です。ローカルは人材不足なところも多く、ふさわしい能力の人材を探すのではなく、やる気のある人材にチャレンジの場を与え、ふさわしい能力を持った人材へ育てようという考え方が主流です。杉山さん自身も移住後に「ローカルは余白部分が多く、可能性に満ちた場所だ」という思いを強くしたと言います。カフェは開業したばかりで、まだまだ先行きはわかりません。しかし、杉山さんの夢実現には、間違いなく近づいています。ローカルへの移住やローカルでの就労が、夢実現への近道になることも、実は多いのではないでしょうか?

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