スペシャルインタビュー
第15回 自分が幸せになれる仕事はどうやって選ぶべきか

第15回 自分が幸せになれる仕事はどうやって選ぶべきか

京都女子大学客員教授 橘木 俊詔 氏
1943年兵庫県生まれ。小樽商科大学卒、大阪大学相学院修士課程修了、ジョンズ・ホプキンス大学大学院博士課程修了。京都大学教授、同志社大学教授などを経て、現在は京都女子大学客員教授などを務める。専門は労働経済学、公共経済学。格差社会論や労働問題の第一人者でもある。著書は『日本の経済格差』『格差社会 何が問題なのか』『日本の教育格差』(以上、岩波新書)、『21世紀の日本格差』(岩波書店)、『女女格差』(東洋経済新報社)など多数。

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何に幸福を見いだすかは、人それぞれである

何に幸福を見いだすかは、人それぞれである

福井県が「もっとも幸福な都道府県」と言われているのをご存じでしょうか。これは、1992年から政府が実施した調査「豊かさ指数(新国民生活指標)」や、日本総合研究所が日本ユニシスの協力のもとで行っている「全47都道府県幸福度ランキング」という調査で明らかになっています。

 

なぜ幸福な県といえるのかをお伝えするために、福井県の2016年度のデータを見てみましょう。

 

まず、正規雇用者比率が全国3位で、障がい者雇用率が全国4位。大卒者進路未定者率が全国で最も低いということで、大学卒業時に就職が決まらない人が最も少ない県なのです。

 

教育においても、学力が全国2位。不登校児童生徒率の低さが全国2位。社会教育費の支出が全国3位で、社会教育学級・講座の数が全国3位と、児童生徒だけでなく、大人の学習意欲が高いこともわかっています。さらに子供の運動能力が全国1位、女性の労働力人口比率が全国1位、自殺志望者数の低さも全国1位で、平均寿命が全国2位。

 

これらの指標を総合的に見た結果、福井県は幸福度1位の県と言われています。しかもこれは2016年度だけでなく、調査開始から四半世紀にわたり言われ続けていることなのです。

 

だったら、幸せになりたければ福井県に住めばいいかというと、一概にもそうとは言えません。例えば東京の街中を歩いている人に聞いてみたとしても、だからといって福井県に移住するかといえば、しないでしょう。

 

東京と福井県を比べてみると、東京は刺激が多く、福井県にはない仕事もたくさんあるのは間違いありません。インターネットが普及して格差がなくなったとは言いますが、やはり情報は東京に集まります。 仮にそういうものを求めている人にしたら、いくら地方は空気がきれいで自然が多いことを知っていたとしても、東京にいることが一番であり、東京にいることによって幸せを感じるわけです。

 

つまり、幸福度を決める要因は、人によって違うということです。

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自分が幸福になれる「軸」はどうやって探すか

自分が幸福になれる「軸」はどうやって探すか

自分にとっての幸福を探すうえで大事なのは、「何が大切なのか」という「軸」を見つけることです。それは仕事探しにおいても同じです。

 

学生の皆さんがどういう軸で「働く場所」を見るかを考えるために、地域ごとの特性についての調査結果をいくつか紹介したいと思います。

 

まず、「一人当たりの県民所得(※1)」ですが、全国で1位は東京都、2位は愛知県で、以下、3位静岡県、4位茨城県、5位滋賀県と続きます。そもそも東京は人口が飛び抜けて多く、年間総所得は全国の所得総数の7分の1を占めていることからして、経済の一極集中ぶりがよくわかります。2位の愛知県はご存じトヨタ自動車のお膝元ということが関係しているでしょう。

 

続いて「非正規雇用社員の割合(※2)」を見ると、東京とその近隣県、大阪府などの都市部は全国平均よりも高く、非正規雇用として働く人が多いことがわかります。一方で1人あたりの県民所得が多い県の中でも、愛知県や静岡県は特に男性の非正規社員率が全国平均を下回っています。これは、工場勤務などの第二次産業従事者の数と関係していて、そうした働き方を選んでいる人が多い地域とも言えます。

 

女性の活躍」という視点では、就労人口中の女性の割合が最も高いのが高知県で47.6%。2位は宮崎県、3位は熊本県、4位は鹿児島県、5位は佐賀県となっています(※3)。都市部の方が女性の社会進出が進んでいそうにも思えますが、地方における深刻な労働力不足が関係しているためか、上位の県は「1人当たりの県民所得」ではどこも下位となっています。

 

もう一つ、「子供の育てやすさ」について見てみましょう。「育児休業制度の利用度(※4)」では、1位が沖縄県、2位が東京都、以下鳥取県、島根県、大分県と続きます。中でも「男性の育児休業」については、広島県が全国平均の3倍以上の取得率で全国トップとなっています。

 

いろいろな指標ごとに見てみると、エリアによってこんなに差や特徴が出ることがおわかりいただけたと思います。人生の幸福度を決めるものは人それぞれであり、その中身は場所や環境によっても違うというわけです。

 

しかし、こんなデータもあります。それは、内閣府が実施した「生活の中でいつ充実感を感じるか」を聞いた調査において、かつては2位だった「仕事にうちこんでいる時」が、近年では5位にまで落ち込んでしまいました。日本人がいかに働くことに意義を感じなくなっているかということです。

 

ちなみに1位は一貫して「家族団らんの時」で、「友人や知人の時間」「ゆったりと休養」「勉強や教養」といった項目の順位が上がっています。仕事とは「生きるため・生活するため」に行うものですが、「余暇の過ごし方」は自由度が高い分、より満足度を左右します。働くのはそこそこに、体を休め、気晴らしをしつつ自己開発に励むような「精神的な充実」を目指そうというのが、これからの時代の「新しい幸福論」なのかもしれません

 

※1 2012年度データ。内閣府「県民経済計算」より
※2 2014年データ。総務省統計局「労働力調査」より
※3 2014年データ。内閣府「男女共同参画白書」より
※4 2012年データ。総務省統計局「就業構造基本調査」より

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時代の変化に対応した「幸福」を考える

時代の変化に対応した「幸福」を考える

仕事探しを進めるうえでは、自分の軸を決め、求める生き方・働き方ができる場所を探していく必要があります。その際、地方という場所も、当然一つの選択肢に入ってくる人もいるでしょう。しかし、都会に暮らしながら、地方の企業をイメージするのは、難しいかもしれません。なぜなら、企業の多くは東京に集中しているからです。

 

地方の可能性という議論をする際に必ず私が考えるのが、「東京一極集中をいかにやめるか」ということです。東京と地方の格差をなくすための一番の方法は、東京一極集中をやめて地方に分散させることだというのが私の持論で、これを私は「八ヶ岳方式」と呼んでいます。全国に設定した7〜8カ所の拠点地区に経済活動を分散させるという方策です。

 

拠点地区を中心にその周辺地区が発展すれば地方活性にもつながります。東京に一極集中している政治、経済、文化などのあらゆる活動が分散されれば、自ずと格差も埋まります。これは一つの案ですが、将来的に地方が活性化するとわかっていれば、若い人たちが地方にももっと関心を持ちやすくなるのではないかと思っています。

 

これから働く場所を考えていく皆さんに今、伝えたいのは、どういう勉強をして、どういう仕事に就くかをもっとしっかり考えてほしいということです。今の日本の教育は、どういう学問を専攻するかよりも、「どういう大学に行くか」にとらわれ過ぎていると感じます。偏差値を重視するあまり、どういう職業を選ぶかが二の次になってしまっている。そうではなく、親や先生たちからいろんな職業の情報を得て、「こういう学部に行ったらこういう職業人になれる」ということについてもっと知ってほしいと思います。

 

これまでは「経済成長こそ幸福」という考えのもと、経済学では幸福論が語られてきました。しかし、格差が拡大する社会の中においては、「生きるために働く」ことで精一杯の人も増えている。私は日本人の幸福は「家族と楽しい生活を送ること」にあると考えているので、余暇を充実させ、いかに幸福なプライベートの時間を過ごすかという点にも、ぜひ着目してほしいと思います。

 

アメリカ・アクセンチュアの調査では、優秀な学生ほど中小企業に就職するといいます。大企業で上から言われた通りの仕事をするよりも、自分がやりたいように働ける場所を選ぶわけです。日本の安定志向とは真逆です。

 

日本を代表するような大企業が経営危機を迎えるような時代です。必ずしも「大企業だから安泰」ではなくなったのと同じように、学歴を重視する社会も、中長期的に見ればやがてなくなると思っています。競争が重視される世の中になればなるほど、人は学歴よりも、どれだけ仕事ができるかを重視する時代になるでしょう

 

時代は変化していきます。そして、幸福のあり方も時代とともに変わっていくのです。どういう仕事をしたいのか、どういう人生を送りたいのか、人生の中にどういう価値を見いだすのか、そういうことを学生のうちから一生懸命に考えてください。そして、内定の先にある「幸福な生活」を考える必要があることに気付いてほしいと思います。