地方で生きる

離島で働く 八丈島編 Vol.1

旅行で訪れた八丈島の酪農に可能性を感じ移住

離島に移住。響きはとても良いけど、本当に暮らしていけるの?そう思う人もいるのではないでしょうか。島出身でUターンを希望している人、島暮らしに憧れて移住したいと考えている人。島に移住したら仕事はあるのか、どんな生活が待っているのか、島での仕事と生活についてインタビューしました。

八丈島乳業株式会社 専務取締役・チーズ職人
魚谷孝之さん

神奈川県育ち。大学院で牛乳の成分について研究し、おいしい乳製品を作りたいという思いから千葉県の宅配牛乳の会社に就職。カフェ事業部の立ち上げなどを担った。その後、東日本大震災を契機に退職しボランティア活動をするために宮城へ。現地で放射能の風評被害に苦しむ人々の様子を見て、放射能測定の研究所に入社した。その後、たまたま旅行で訪れた八丈島での酪農に可能性を感じ移住、八丈島乳業を設立した。

 

八丈島ってどんな島?

東京都伊豆諸島の一つ、八丈島には、羽田空港から飛行機で最短55分で行くことができる。人口は7,480人(平成30年12月)で、気候は年間を通して比較的暖かい。2つの山がくっついている八丈島は、島の形がひょうたんのような形であることから、人気テレビ番組「ひょっこりひょうたん島」のモデルと言われています。島の産業は、農業と水産業が中心。海の幸が豊かでキンメダイやトビウオなどが獲れます。また、アクティビティも盛んで、ダイビング・シュノーケリング・ハイキングなどが人気。海ではウミガメに出会えます。温泉が豊富にあり冬でも観光客が訪れます。

八丈島ではどんな仕事をしているの?

八丈島乳業株式会社で、専務取締役およびチーズ職人として働いています。八丈島乳業は、自然放牧でジャージー牛を育て、その牛乳を使用し乳製品を企画製造する会社。私はその中で、乳製品の商品開発からブランディングまで、幅広く担当しています。また製品の開発だけではなく、事業開発なども行います。

もともと私は、牛乳に入っているラクトフェリンという、良い菌は増やすけど悪い菌は殺す成分に興味を持ち、大学院で牛乳の研究をしていました。ラクトフェリンは薬の開発などにも役立つ成分ですが、私は単純においしい物が作りたいと思い、卒業後は船橋の宅配牛乳の会社に就職しました。自社工場で低温殺菌の牛乳を作る会社で、カフェ事業部の立ち上げを行いました。商品開発や事業開発のノウハウをこの会社で培い、今、八丈島乳業で活かしています。

八丈島で働くことを選んだきっかけは?

八丈島に巡り合ったのは2012年です。2011年に起こった東日本大震災をきっかけに千葉県の会社を退職し、ボランティアとして宮城に向かいました。そこで、放射能の風評被害で農作物などが売れない状況を目の当たりにし、何か自分も役に立てないかと、関東に戻り放射能測定の研究所に入社しました。朝から晩まで休みなく働き、2年が経った頃、やっと休みが4日間だけ取れて、あてもなく向かった先が八丈島でした。自然が豊かで自分が知らない場所、そして利用したことがない手段で行ける場所という条件で絞り出したのが、たまたま八丈島でした。

現在の会社との出会いは?

旅行初日、船の甲板に出て初めて八丈島を見た私は、まだ上陸もしていないのに、良い場所だな、ここで何かしたいな、と直感的に思いました。下船し、レンタカーを借りて島を回る中で、八丈島で牛乳を生産していることに気が付きました。

牛乳やプリン、アイスなど、八丈島の牛乳を使用して作られた乳製品をひとしきり食べましたが、都会で売っているような工業的な味がしたことを、今でも覚えています。こんなに大自然で育てているのに、なぜこんな味がするんだろうと思い調べてみると、八丈島の地形や飼料を使用せず、外から取り寄せた飼料を与え育てている現状がわかりました。「この地形や環境を使えば、日本一の牛乳が作れるのにーー」。そう考えていた頃、私はブログを通して、楽農アイランド(八丈島乳業の前身の会社)に出会いました。

どうやって八丈島乳業への就職が決まったの?

当時の社長で、今も一緒に働いている小宮山さんのブログに、「これから八丈島で山地酪農をジャージー牛で行う」と書いてありました。そのブログを見て、まさに自分がやってみたいと思っていた自然放牧が八丈島でできるとわかり、プレゼンテーションメールを小宮山さんに送ったのです。

その時は人材募集をしていなかったのですが、早々に仕事を辞め八丈島に再上陸。そこで、島の現状を小宮山さんから教えてもらいました。それから月1ペースで八丈島に向かい、どんな物が作れるかを小宮山さんに提案し続け、ついに就職が決まり2013年4月に完全移住をしました。

そこからは大変でした。今までの酪農スタイルを止めることから始まり、自然放牧を行うための準備を整え、半年以上をかけて、やっと自然放牧で作った牛乳を世に出せるように。その後、ジェラート、プリン、チーズと新商品をどんどんと出していきました。また、2016年には八丈島乳業の牛乳やソフトクリームが食べられるカフェ2017年にはジェラート専門店を島内にオープン。2018年にはジャパンチーズアワードという日本で一番大きなチーズの大会で、当社が作ったモッツァレラが金賞を受賞。その他のチーズも入賞し、どんどんと成果が出始めています。

プライベートはどう過ごしているの?

移住して5年が経ちましたが、ほとんど仕事をしています。ダイビングも好きでライセンスもありますが、八丈島の海で泳いだのも3回ほど。楽しいので仕事ばかりしています。あとは、島に来る前からお付き合いをしていた方と結婚をし、今は子育てもしています。

八丈島に暮らしてみた感想は?

良い意味で「普通」です。人間にとっては、島の暮らしが普通なんだろうなと感じています。

八丈島には24時間営業のコンビニはありません。しかし本当はコンビニの存在自体が異常なのではないでしょうか。だから都会の人は疲れてしまい、こういう自然がある場所に癒されたくなる。でも実は、島に癒し空間があるわけではなく、島の暮らしが普通なんです。自然に恵まれ、子どもの頃に夢中になった昆虫がたくさんいる。本来それが普通なんだろうなと思います。

ご近所さんがおすそ分けをしてくれることも多いのですが、それも子どもの頃、商店街のおじちゃんやおばちゃんに優しくしてもらった印象に似ています。もともとそういった環境にいたので、島に馴染むのも早かったですね。

仕事面では、たまに飛行機や船が欠航になりフレッシュなチーズが送れなくなるので困ります。けれど、生活面では非常に快適に過ごしています。

今後の目標は?

八丈島乳業がモッツァレラチーズ部門で日本一になった今、次にすべきことは、次世代の担い手を探すことだと感じています。チーズづくりは豆腐屋のように、その日の牛乳や湿度で作り方が変わる。八丈島乳業の強みは八丈島の季節の結晶であるチーズなので、次世代を探し、八丈島を感じることができるチーズを作れるように育てたいと思っています。また、経営がより黒字化すれば、他の島でも試したいと思っています。

プライベートでは、今、中之郷という中心地より少し離れたところに住んでいるのですが、より奥地の末吉という地域に転居したいと考えています。八丈島は中心地の方が確かに便利なのですが、中之郷や末吉の方がより島らしいと私は感じています。過疎化が進む地域に何か面白いことができる人を増やし、中心地とは違った魅力のある場所にしたいと思っています。

移住を目指す人に、八丈島はオススメですか?

島でしたいことがある人には、ぜひおすすめします。
ただ、ゆったりとした島暮らしを望んでいる人は、意外とゆっくりできなかったり、稼ぐことが簡単ではないので、注意が必要だと思います。手に職があって、その職が島にないものだったら暮らしは立てやすい。唯一無二の存在になれれば、ブランディングもしやすいですしね。

島で勤め人になる場合も、自分はこれができる!というプレゼンテーションができると良いと思います。大学や専門学校で学んだ知識や経験を、島で活かせる可能性もあります。ぜひ八丈島で面白いことを一緒にやっていきましょう。