イベントレポート

「キャリアにinnovationを~地域×自分=新しい未来につながる第1歩を~」
19/11/27 LO活プロジェクト主催イベント連動予告記事

週4日勤務にしつつ地方へアクション――「社会に価値あるものを残したい!」
今いる環境から一歩を踏み出して社会貢献も自己実現も

地方移住も視野に入れつつ、自身のキャリアデザインを模索する20代後半~30代のビジネスパーソンに向けたイベント「キャリアにinnovationを~地域×自分=新しい未来につながる第1歩を~」が11月27日にthe C(東京・神田)で行われる。

このイベントのファシリテーターである山口順平さんは、パーソルイノベーションという、グループ内の新規事業を支援する部署に所属する。人事制度を活用し週4回で働き、週1回は、自身が暮らす神奈川県茅ヶ崎市で活動したことで、現在「市民活動団体 らしくる」代表やNPO法人 湘南スタイル「湘南100CLUB」のリーダーとして社会活動を行っている。

「社会に価値ある何かを残したい」「自分の人生は自分で舵を取りたい」が、はたらくモットーである山口さん。本業+第2の活動をする現在のキャリアのきっかけは、約4年前に自分を変えなければ!と、あるNPOが実施した半年間の地方創生プロジェクトに参加し、長野県塩尻市を訪れたことだった。その翌年には、塩尻市と首都圏をつなぐ任意団体「第2のふるさとシェアリング」を立ち上げた。

人生100年時代を見すえた山口さんのパラレルキャリアの背景に迫りつつ、今回のイベントへの意気込みを聞いた。

※山口順平さんは、11月27日に開かれるイベント「キャリアにinnovationを~地域×自分=新しい未来につながる第1歩を~」に登壇予定です。

山口順平さんはこんな人

パーソルイノベーション(株)新規事業創造プログラム「Drit(ドリット)」企画担当
NPO法人 湘南スタイル「湘南100CLUB」リーダー
国家資格キャリアコンサルタント
1977年東京都目黒区生まれ、神奈川県茅ヶ崎市在住。「社会に価値あるものを残す」という旧インテリジェンスの企業理念に共感し2002年入社。人材派遣事業部での営業を経て、2011年に公共事業部へ。プロジェクトマネージャーとして、地方自治体からの委託事業として若者の就労支援を行う。2016年に長野県塩尻市と、東京のビジネスマンをつなぐ「第2のふるさとシェアリング」を立ち上げ、17年には自身が暮らす神奈川県茅ヶ崎市で、誰もが自分らしくいられる社会を目指す、茅ヶ崎市市民活動団体「らしくる」を立ち上げる。同年、会社の制度を利用して週4日勤務を申請。週1日は地域活動に注力するように。18年には、NPO法人 湘南スタイル「湘南100CLUB」を、「かながわボランタリー活動推進基金21事業」としてスタート。2019年9月、公共事業部から異動を希望して現職。

 

「社会的な価値」と「経済的な価値」を両方叶えたい、今年9月に社内で異動

―新卒で入社した会社に15年以上勤める会社員でありながら、週1回は社会活動を行うパラレルキャリアを築いていらっしゃるとのこと。現在、どんなふうに日々はたらいていらっしゃるのでしょう?

週4日勤務は実は1年限定の人事制度ですので、現在は週5日勤務なんです。勤める会社は「パーソルイノベーション」に今年、異動しました。グループ会社の中から新規事業の芽を作っていくのがミッションの部署で、起案段階のワークショップや新規事業の立ち上げをサポートしています。

10月よりDrit(ドリット)というプログラムに変更し、グループ外の一般の方でも新規事業立案ができるようになり、主にそれに携わっています。

週1回の社会活動は、現在は引き続き週末や有給休暇取得で行っているのですが、神奈川県茅ヶ崎市を拠点とするNPO法人 湘南スタイル「湘南100CLUB」のリーダーとして、「100年時代に人生を豊かに生きること」「地域でつながる」をテーマに活動しています。

具体的な活動内容は、地域プロジェクトを生み出すためのミーティングの運営や、湘南でワクワク暮らす方々をインタビューして発信するHPや冊子を作ったり。企画や運営は、20代~70代の年齢も職種も多様な約20名で行っています。

会社生活と社会活動の両立。このはたらき方を始めておよそ3年ですが、二足のわらじを履くことで、それぞれで得たものを互いに還元できるようにどんどんなっています。

 

―今に至る、そもそものきっかけは何だったのでしょうか?

はじまりは「危機感」からでした。30代半ば焦りを感じ、「自分の人生はこれでいいのだろうか?」「自分が本当にやりたいことは何なのか?」と悩み、自分を変えるために「地方創生プロジェクト」で長野県塩尻市の農家さんと関わったところから始まっているんです。

社内表彰制度「ベストマネジャー賞」を受賞するも焦燥を抱えていた

―30代半ばで管理職。社会人としては、順風満帆ともいえたのでは?

いえいえ、逆です。危機感が募るばかりでした。今の部署に異動する前、マネジャーとして若者の就労支援に携わっていたときに社内表彰制度で「ベストマネジャー賞」をいただきまして。光栄でうれしかったものの、目標を見失っていた時期でもありました。

自分は絶対にこうなりたくないと就職したのに、このままでは自分は、「会社のグチを居酒屋で発散するサラリーマン」になってしまうと恐怖さえ抱えていました(苦笑)。飲むことも大好きですし、時には愚痴も大事です。一番の問題は「予算がないから仕方ない」とか「あの人が悪い」とか自分が他人のせいにし始めたことに危機感を感じました。私の理想のイメージとして今もはっきりあるのは、就職活動中に出会ったあるITベンチャーの社長です。その方は、自身のビジョンや実現したい社会について、本当に楽しそうに語っていました。あんな風に目標も仕事も作り出せる人でありたいのに、当時の自分はまったく近づけていませんでした。

情熱をもって仕事をするにはどうすればいいのかと、転職も現実的に考えるようになりました。そんな矢先、胃腸炎にかかって4日間入院することになったんです。点滴のチューブにつながれて病院のベッドに横たわり天井を見つめながら、「自分は何をしたいんだっけ?」と掘り下げて考えました。その時すでに38歳だったので青臭いんですけど(苦笑)。自分はここで動かないと一生このままだ。一歩飛び出そうと決めました。

そのための手段が転職なのかというと違うだろうと。環境を変えたところで自分が変われるわけではない。それまでの自分が取ったことのない行動をしてみようと、会社の外に目を向けました。その当時、「地方創生」が注目されていて、最初の一歩として長野県塩尻市の農家さんと関わって課題を解決するツアー「地域イノベーター留学」に会社とは関係なく個人で応募したんです。

参加した地方創生プロジェクトから自ら団体も立ち上げる

―なぜ、長野県塩尻市だったのでしょうか?

勘ですね(笑)。それまでの人生と、縁もゆかりもない場所。強いて理由を上げるなら、塩尻市の市役所で働くある公務員の方がとても魅力的であったこと。この方と会いたいという好奇心です。

プログラムの期間は半年。東京から4人、塩尻市で4人の8人でグループを作り、調査と提案の名目で2泊3日×2回、塩尻市へ行くことと、東京でのワークを何度も重ねます。情報収集から課題解決のためのアイデアを出し、事業として考え、最後はプレゼンをするというものでした。私のグル―プは、農作物を既存の販売ルートではない形で販売して兼業農家さんを支援するビジネスモデルを提案したものの、事業化には至りませんでした。そして、半年間の学びのプログラムが終わるとチームは一旦解散するという形になってしまって…。塩尻市の方たちともう一度つながりたいと、自ら社会活動を始めたんです。

 

―どのような社会活動ですか?

立ち上げたのは、「第2のふるさとシェアリング」。半年間かかわったプログラムでわかったことは、地方創生と地方をサポートする感覚でいたら、地方の人の暮らしはすでに豊かであるということでした。むしろ私たち都会の人間のほうが疲れている。だったら、都会の人間を「第2のふるさと」として連れて行くのはどうだろうかと考えました。

都心で募った仲間十数人で訪れて「農家体験」をします。ピーマンの苗を数千個単位で植えたり、トラクターに乗って田植えをしたり農家さんを手伝います。手伝う代わりに我々は農家さんのお宅に泊めてもらいます。今もこの取り組みは続いていて、この間は稲刈りに行ってきました。土や農作物に触れ、地元の人と関わることで、長野県塩尻市が自分にとって「第2のふるさと」になる。農家さんにとっては我々が農作業の戦力になるというよりは、みんなでワイワイ作業したり、夜はお酒を飲みながら意見を交わしたりする新鮮さを楽しんでくださっています。

地域の人とつながっている関係人口が増えれば、自然と地方での経済活動が生まれるし地域も活性化する。まずはつながりを生み出し、豊かな社会をつくることを目的にゆるく活動しています。

 

小さな自信の積み重ねが次のチャレンジを生んだ

―翌年の2017年には茅ヶ崎市で市民活動団体「らしくる」を立ち上げられています。

塩尻市での活動に手ごたえがありました。自ら動くことで周囲を巻き込み、いろんな反応が返ってくることも面白かった。活動を通して自分の強みに気づけて、小さな自信を積み重ねることができました。この輪を広げればもっと周囲に役に立てるのではないかと思うようになって。今度は、自分の住んでいる街と積極的にかかわって自分の居場所を豊かにしてみようと茅ヶ崎市で新しい活動を始めました。

塩尻市での活動とテーマは同じで「地域」。誰を幸せにしたいかと考えたときに真っ先に思い浮かんだのは、「死にたい、死にたい」とたまに言いながら90歳を過ぎて長期間介護施設で生活する祖母のことでした。祖父は対照的で、「いつ死んでもええ」と本当に75歳でぽっくり亡くなりました。果たして幸せとは何なのか。人生100年といわれる時代、「人生を楽しく生きるには?豊かさとは?」を追求してみようと、シニアに焦点を当ててみることにしました。

18年には、「湘南100CLUB」というNPO法人の活動も始めました。自分が尊敬するシニアの方を「マイレジェンド」と呼び、インタビューして記事にし、地域をつなげるかけ橋としてHPや冊子を発行しています。

本業では、ちょうど会社に人事制度が新しくできて、「週4勤務」を申請したのもこの立ち上げの頃でした。本業で4日、社会活動で1日を費やすことで、互いにその活動で得たことが影響し合えていると思います。

例えば前の公共事業の部署では、自治体委託事業としてシニアや若者の就職支援をしていましたが、自治体からの課題やテーマに対して、地域活動で普段から接しているからこそ、リアルな生活者の声を反映した提案ができるんですね。

社会的な価値と、経済的な価値をどうすれば叶えられるのかという新たな課題

社会活動をスタートして3年が経ち今ぶつかっている壁は、社会的な価値と、経済的な価値を両立させることの難しさです。

地域生活や社会にとって価値あることであっても、事業として収益を得て持続的に成り立たせるのはとても難しいと感じています。実際、現状の運営は自治体から補助金が頼り。だったらビジネスの本場をもっと経験して知見を貯めようと、会社では今の部署へ異動の希望を出したんです。

 

―地方で得た学びを、次にスライドさせるようにキャリアを拡大されているのですね。

会社とは違う場所でチャレンジしたからこそ、会社ではできないことに飛び込めます。会社員のままでも、私みたいな形でできると挑戦のハードルを低く捉えてもらえたらうれしいですね。まず小さな一歩を踏み出す。その一歩から小さな自信を積み重ね、自信が伝播して雪だるま式に行動の範囲が大きくなっていきます。それは結果的に本業にも活かせています。

こうやって語ると、私は明確なビジョンに向かってまい進しているようですが、小さい失敗は腐るほどしています(笑)。気になるセミナーに行ってはみたもののイメージと違ったとか、イベントで気になる人と話せなかったとか。細かいトライ&エラーを繰り返してきました。

いきなり住まいを移して地方で就職するのは、簡単ではないですよね。家族も一緒に移らないといけなかったり、お子さんがいる場合は教育環境も一変したり、新しい地域の人と仲良くなれるとも限りません。

そのためには、私が半年間のプログラムに参加したように“一歩目を軽くする”のはとても大事。地元にいつか帰ろうと考えているのであれば、帰省の際に飲み仲間と昔の同級生に会うだけに留まらず、半歩広げて地元で地域活動している人に会ってみるとか。異質な存在に触れる機会を作ってみるといいと思います。

 

誰もが自分のキャリアを自分でデザインしないといけなくなった

―まさに、ご自身のモットーとされている「自分の人生は自分で舵を取る」ということですね。

今までのように会社に入社をすれば安心という時代ではなくなり、個人が主役の時代に入ってきていますよね。企業に勤めるにも個人はずっとそこに所属している必要はないという考え方だし、会社を移れば幸せになれるわけでもない。自分のキャリアをいかにデザインしていくのか。自分自身で考えないといけない世の中にどんどんなっています。

 

―今回のイベントはどういうものになりそうですか?

キャリアのつくり方は、人の数だけあります。その人にとって、次の成長に向けた一歩は何なのか。やってみたいけれどやれていないことは何か。みんなで一緒に考えながら、参加者それぞれの方が自身の目標を自覚し、アクションにつなげられる場にしたいと考えています。

 

イベント紹介

11月27日(水)19:30~21:45 @the C(東京・神田)
地方移住も視野に入れつつ、自身のキャリアデザインを模索する20代後半~30代のビジネスパーソンに向けたイベントが行われます。山口さんと実際に話をしながら、あなた自身の次の一歩を考えてみませんか!?

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