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長野県
大学に入学するときから、Uターン就職と決めていた。 地元をよりよくしていく仕事はいま、自分の誇り。
大学に入学するときから、Uターン就職と決めていた。 地元をよりよくしていく仕事はいま、自分の誇り。
【長野県】株式会社高見澤 コンクリート事業部
今井優斗さん
長野県内の高校卒業後、東海大学文明学科に進学。湘南でのキャンパスライフを満喫し、卒業と同時に長野へUターンする。2016年、新卒で株式会社高見澤に入社。公共事業や民間工事に使われる側溝や水路、ブロックといった、コンクリート製品の営業を担当している。

サマリー

地元の長野を離れ、神奈川の大学に進学した今井さん。4年間の大学生活を経て、迷いなく長野へのUターン就職を決めました。いまは株式会社高見澤で、インフラの整備などに携わり、自社のコンクリート製品を営業・納品しています。「社会に出て働くこと=疲れるばかりでつらい」というイメージがあったけれど、実際は大違い。自分の頭で考えながら動ける仕事には、とても達成感がありました。地元の街が少しずつ良くなっていく、そしてその土台を自らが支えているという喜びは、格別だといいます。

今井優斗さん

今井優斗さん

長野県上田市ってどこ?

長野県上田市ってどこ?

Q.1 長野で就職することを、どう考えていた?

Before

地元の長野を離れて、神奈川の大学に通っていた今井さん。古代の文明や宗教について学ぶ、ユニークな学科に在籍していました。関東の大学へ行くことに、迷いはなかったといいます。

父や姉がそうしていたこともあり、関東の大学に進むのは、僕にとってすごく自然な選択でした。でもそれと同じくらい、卒業後に長野で就職するのも当たり前のこと。神奈川にいる間も、一緒に地元を出た仲間とときどき集まっては『長野に戻ったら何して働く?』『誰を集めて遊ぶ?』なんて話をしていたほどです」

そのため、就職活動でエントリーしたのは長野の企業のみ。
“商社マン”という響きに憧れて、長野で営業ができる商社を探しました。

父は建設関連のコンサルタント、母は薬品会社で働いているという今井さん。両親が地元で楽しそうに働き、幸せに暮らしている様子をずっと間近で見てきたからこそ、長野に生きる自分の姿がすんなりイメージできたのだといいます。

After

就職活動のなかで、父親から勧められたのが株式会社高見澤。調べてみると、建設資材や石油、不動産などを取り扱う「総合商社」でした。憧れていた商社マンとして幅広い仕事ができそうだと感じ、入社を決意します。公共工事の案件が多いため、仕事をつうじて自分や周りの人の生活に関われそうなところも、魅力的でした。

配属されたのは、コンクリート事業部の営業職。街のよりよいインフラを作るため、設計コンサルタントに自社製品を提案したり、発注された製品を施工現場に納品したりするのがおもな仕事です。

「建設、土木等の専門知識が必要なので、最初はわからないことばかり。でも、気持ちよく教えてくれるお客さんがいっぱいいるから、ずっと楽しく働けています。この業界は若い人が少ないので、社内外のみなさんがかわいがってくれるんですよ。」

営業の仕事は、コミュニケーションが大切。地元出身のために共通の話題が多く、人間関係が深まることも多いのだとか。「上田西高校の野球部だったんです」「俺の息子も同じだよ」なんて会話が、仕事のしやすさにつながっていくようです。

ときには、幼いころから歩いていた道路の改修を担当することも。「昔からちょっと不便だったな」と思っていた道が、自分の納品するコンクリート製品によって、どんどん改良されていく。そんなふうに街を良くする仕事は、地元民だからこそいっそうやりがいを感じるのです。

Answer

地元を十分に知っているからこそ選んだUターン就職。長野出身であることが仕事上のコミュニケーションやモチベーションにも活きていて、地元就職のメリットを強く感じている。

Q.2 「働くこと」のとらえ方は、どう違う?

Before

神奈川で大学に通っていたころは、働くことに良いイメージがありませんでした。夜の電車には、疲れた顔でつり革を握るサラリーマンの姿……。仕事にばかり時間をとられ、疲れ果てて、自由がなくなってしまうように感じていたそうです。

「もうひとつ印象深いのは、高校時代の部活です。当時は野球部で甲子園を目指して頑張っていたのですが、礼儀がなっていなかったり、練習が甘かったりすると、監督によく怒られたんですね。『社会に出たら、そんなんじゃやっていけないぞ』と言われて……部活でもこんなにつらいのに、社会はもっとつらいの!? と、尻込みしてしまいました(笑)」

いまとなっては笑い話でもあるけれど、「社会人=楽しくないもの」というイメージが、そうやって少しずつ蓄積されていったそうです。

After

社会に出て、長野で働きはじめてみると、イメージはがらりと変わりました。

仕事は、自分の生活をより充実させてくれるものだと感じるようになったんです。それはきっと、毎日に達成感があるから。たとえば、やりたい案件のためにどんな製品がいいかを考え、わかりやすく説明して、狙いどおりに受注する。工程に合わせて、最適なタイミングで製品を納める。自分なりのプランを立てて動く仕事だからこそ、いつも楽しめるんだと思います」

今井さんがとくに関心を持って取り組んでいるのは、道路工事の案件です。県民の生活に大きく関わるため、やりがいは充分。安全性の高い製品を選ぶのはもちろんのこと、現場の労働力不足や高年齢化を踏まえて、施工しやすいコンクリートを提案しています。ただモノを売るだけでなく、働く人たちの状況までイメージする“想像力”が大切なのです。

一日の終わりには、すり減るような疲れではなく、やりきったことによる“心地よい疲れ”を味わえるのだそう。コンクリート製品は、工事の土台などに使われることが多く、現場が完成したあとはあまり目にすることがありません。「それでも、毎日通る道路を支えているのが自分たちの仕事だと思うと、とても誇らしいです」と、今井さん。

 

働くことの対価は、お金だけではありません。誰かに頼りにされたり、自分に自信がついたりすることも、仕事がもたらす喜びだと感じています。

Answer

働くのはつらいことだと思い込んでいた学生時代。長野で就職し、達成感のある仕事をはじめてからは、働くことが自分の暮らしをより充実させてくれると感じるようになった。

Q.3 「長野」は、どんな場所に見える?

Before

幼いころから高校を卒業するまで、ずっと長野に暮らしていた今井さん。「長野にいたときは、地元は田舎で退屈な場所だと思うことが多かったですね」と、笑います。

県内では栄えている長野市の出身とはいえ、車がなければ動きづらい土地。出かけていて少し帰りが遅くなれば、家族に迎えに来てもらわなければいけません。買い物や遊びに行く場所も限られていて、世界が狭く感じることもありました。

神奈川に進学した理由のひとつは、都会の暮らしをのぞいてみたいという思いだったそうです。にぎやかで、遊ぶところや人との出会いが多く、刺激をたくさん受けられる場所。そんなイメージを持って、神奈川へと引っ越しました。

「実際に暮らしたのは湘南のほうだったので、想像したほど都会ではありませんでした(笑)。でも、近くの駅には大きなショッピングモールがあり、買い物や食事には困らなかったですね。アパートの隣にコンビニがあったのも、めちゃくちゃ便利でした」

長野の実家からコンビニには歩いて行けない距離だったので、その都度感動していたといいます。

After

田舎で退屈だと思っていた長野…でも、都会で暮らしていた学生時代には、その良さを思い出す瞬間がたくさんあったといいます。

昔は何もない街だと思っていたけれど、すぐそばに豊かな自然があるのって、とても素敵なことですよね。ときどき『長野の温泉に入りたいなぁ』なんて、恋しくなったりもしたし……。それに、車にさえ乗れば、山へスキーに出かけるのも街へ遊びに行くのも簡単。自然もほどよい街も揃っている、生活にもってこいの土地だと思うようになりました」

その思いは、地元に戻ったいまも変わりません。

「お酒を飲んだら車は運転できないけれど、そんなときは近所に住む同級生に電話をして、迎えに来てもらうんです。そういう“お互い様の助け合い”は、都会ではなかなか味わえない人間関係ですよね。長野の人はたぶん世話好きで、ちょっとおせっかいなんです」

今井さんが所属している「シューカツNAGANO応援隊」も、面倒見のよさがあふれた制度です。信州の就活情報を発信し、UターンやIターンの就職を促しています。

僕は長野にUターン就職して、本当によかったんですよね。仕事にも遊びにも、地元ならではの人間関係が活きている。だから、悩んでいる後輩たちの相談を聞いて、背中を押すお手伝いができたらと感じます」

リアルなエピソードを伝えることで、信州で働く楽しさをアピールしている今井さん。体育会系出身で後輩の面倒をみてきたので、自身も充分に世話好きなようです。

Answer

田舎で退屈だと感じていた長野は、大人になってから改めて見ると、自然豊かで生活しやすい街だった。世話好きであたたかみのある人間関係も、心地よいと感じている。

Q.4 プライベートの過ごし方は、どう変わった?

Before

大学時代は神奈川で、はじめての一人暮らしを経験しました。「最初のうちはやっぱりさみしくて、誰かと話したい気持ちになることもありましたね」と、振り返ります。でも、友達ができてからはキャンパスライフを満喫。静岡出身の友達と、毎日サーフィンに明け暮れていたそうです。

 

「長野には海がないから、サーフィンははじめてでした。でも、野球部を引退してからはスケボーをしていたので、わりとすんなりできるようになったかな。多いときは週4回、家の近くの海に通いましたね」

もともと身体を動かすのが大好きな今井さん。長野でしていたスキーの経験を活かして、神奈川では人工雪のスキー場でアルバイトもしていました。

After

Uターンしてからの趣味は、もっぱら草野球。高校時代の部活仲間たちとチームを組み、春と夏には大会に参加しています。

「地域のトーナメントなんですが、100チーム以上も参加するので、なかなか試合の順番がまわってこないんですよ(笑)。でも、つらい練習はしないし、気の合う仲間と試合だけできるから、めっちゃ楽しいです!」と、さわやかな笑顔。

冬はもちろん、スキーに温泉。長野の自然をたっぷり楽しみながら、身体を動かします。大学時代にハマっていたサーフィンは、できなくなったかと思いきや……。

長野から車で2時間もいけば、新潟の海に出られるんです。だから、サーフィンも続けてますよ!」一度地元を離れたおかげで、とてもいい趣味を持ち帰れたようです。

また、一人暮らしを経験したことで、実家のありがたみも感じるようになりました。仕事で疲れて帰ったときに温かいご飯があったり、洗濯をしてもらえたり……家族への感謝の気持ちも、ぐっと深まったようです。

Answer

もともと大好きだったスポーツの選択肢が増え、野球やスキーに加えてサーフィンも楽しむように。一人暮らしを経験したことで、家族のありがたみも感じるようになった。

編集後記

「長野が好きだったから、帰るのは当たり前でした」と語る今井さん。長野県民はみんな、長野県歌をふつうに歌えるのだそうです。そんなささいなエピソードからも、今井さんや周囲の方々の強い“愛県心”を感じます。働くにつれて「仕事を通じて、もっと地元に貢献したい」といった気持ちが増している、という今井さん。愛する地元に住んで、街をよくしていく。そしてもっと、地元が好きになる。今井さんによってこれからも続いていくであろう素敵な循環が、目に浮かびます。

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